ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

たまには映画の紹介でも

2008.12.31 Wednesday 18:22
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    禅 ZEN公開:2009年1月10日(土)
    監督:高橋伴明
    キャスト:中村勘太郎、内田有紀、藤原竜也





    これを知ったのは、参禅している寺でのポスターから。
    誰であったか映画に詳しい文学者が、

    映画になりやすい劇的な行動や事件に巻き込まれた史実を持つ、日本宗教史の偉人たちの中で、道元禅師が一番難しいのではないか…

    と述べていたのを思い出した。
    とりわけ、内省に重きを置いた道元禅師は、ビジュアル的に厳しいものがあるのは確かで、娯楽産業としての映画において、取り扱いにくい素材ではあるのは確かだし、そもそも「禅」そのものに、如何なるSFXを絡ませても、しらけるだけである。

    弘法大師であれば、渡唐での出来事、薬子の乱、最澄大師との確執、秘密の多い密教儀式、「生への絶対肯定」という哲学は、映画として魅力ある素材であるし、日蓮上人であれば、迫害と蒙古襲来とを重ね合わせることで、緊迫感溢れる映画ができる。
    親鸞聖人となれば、罪から逃れられない自らの醜さへの自覚からの阿弥陀信仰とその迫害、息子との義絶など、人間そのものの愚かさを示す、一味違う映画になれる。

    だが、道元禅師となると、そのような派手さは何もない。

    鎌倉時代の宗教改革者の中で、最も位の高い貴族出身であったが、小さい頃に母親と死に別れ、出家した後、

    「すべての人に仏性があるのに、なんで修行しなければならないのだ」

    という疑問から、渡宋したが、劇的にして異常な宗教体験ではなく、椎茸を干す老僧、なぜ修行をするのかと尋ねる老僧との

    日常的な一瞬の中に

    奇跡ではなく、「あるがまま」ということに気づく。
    そして、ここに生きていること自体、めぐり合うこと自体が、最大の「奇跡」であることに気づく。

    ただ、ビジュアル的に、どうしたって劣るよね。
    我輩もそう思う。w



    ただ、多くの方々に観てほしい映画であるのは確かだ。

    何事も「あるがまま」。
    それの何と難しいことか。
    だが、それに気づいた時に、「あるがまま」という言葉しか出てこない。

    そして、それは「無用」なのだ。

    この世のすべては「無用」であり、無意味なのだ。
    それを「あるがまま」に受け入れた後で、意味を与えれば
    いいだけなのだ。

    来年一月十日に封切。
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