ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

そこにも日本人がいた

2019.10.02 Wednesday 14:57
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    Twitter別垢で、色々と呟いているが、その中でスペインのとりわけスペイン内戦は、アイルランド独立史、アメリカ南北戦争と並んで我輩にとって「好物」と言えるテーマである。

    多くの書籍が出ている。

    大半が人民戦線の肩を持つものであるが、個人的にはフランシス・フランコ将軍の人物像が非常に興味深い。その最大の理由は、「独裁者」と言われながら、世襲をすることなく、死後は王政復古を進めたという点だ。

    無論、血なまぐさい政権であったのは否定できないが、それは「共和国」内部においても言えたことだ。何よりも内戦中、「共和国」内部の内ゲバの醜悪さについて、弁明する資格はあるのか。

     

    まあ今回、そんな話ではない。

    上に紹介した本、やや古いものであるが、偶然本屋で見つけて購入し、一気に読み上げた。

    記録されている中で、ただ一人、「共和国」の中の「国際旅団」に参加した日本人の実話だ。

     

     

     

    ジャック白井についての情報は殆ど残されていない。

    そこで作者はあらゆるアプローチで調査した結果、ここまで判明した。

     

     

     

    1900年頃、北海道で生まれた。

    函館の孤児院で育ったが、どこの孤児院から不明。

    本名も不明。

    地元の尋常小学校に通ったらしいが、彼にあてはまる情報が出てこない。

    若い頃から貨物船のコックとして修行を重ねた。

    サンフランシスコに上陸したようだが、ニューヨークでの足跡が色濃くなっている。

    ニューヨークで船から「ズラカッタ(=不法入国)」の可能性が高い。

    レストランのパートタイムコックやベーカリーでパン職人として腕を磨いてた。

    ニューヨークの料理人労働組合、またアメリカ共産党の加入していた…そこから、スペイン行きを決断したらしい。

    1937年1月にスペインへ。国際旅団のアメリカ人部隊「リンカーン大隊」に所属。

    しかし兵士ではなく、部隊のコック長として重用された(部下二人付きで、部隊から「ジャックがいないとダメだ」と絶賛)。

    でも彼自身は戦うために来たということで大不満。途中から機関銃チームに加わるが、コック長と兼任。

    半年後7月11日、マドリッド郊外ブルネテで戦死。

    亡骸は同地にて葬られた。

     

     

     

    取材時、白井の上官や仲間が生存してたことから、生々しいスペインでの彼の生き様が現れてくる。

    本人にとっては不本意だったが、コックとして皆から頼られていたこと(ナポレオンの言葉を出すまでもないが、やはり美味い食事は戦意に影響する)。

    いつもにこやかでさわやかな印象があり、皆から「いいやつ」だという思い出しか聞こえてこなかったこと。

    「共和国」の内ゲバや空々しいイデオロギーの掛け声を相手にせず、ただ仲間のために戦いたいと願ったこと。

     

    37年間の人生は、半年間の戦いの中で燃やしつくしたことに「幸せ」があったのか。

    作者は「あった」と断言する。

    我輩もそうだと信じたい。

     

    思想はともかくも、しがらみなく頼られ、求められ、愛されることへの喜びは、ジャック白井にとって何ものにも代えがたいものであった。

    小さなことであっても(暖かい食べ物を最前線まで運ぶのに、小さなケーブルカーを作ったという話は、なかなか感動的だ)、何とかしたかったきめこまやかな心配りと純粋さに対して、確かに「そこに日本人はいた」と思わせるものがある。

     

     

     

    彼の墓標はどこにもない。だから行ってみたくなる。

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