ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

師を観る

2018.10.21 Sunday 20:20
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    JUGEMテーマ:日記・一般

     

    毎日ではないのだが、時折、ルートを少しばかり変えて通勤する日がある。

    渋谷駅の京王井の頭線の改札口を降り、集団と共に銀座線乗り場へ向こう。

    右に巨大な岡本太郎翁の遺作を見上げ、小さいエスカレータに乗ると正面に1時間ごとに、やや大げさとも感じられなくもないチャイムが鳴る壁画がある。

    そこを左に曲がると、いつもの窓枠の所に、その男はいる。

     

     

     

     

     

     

     

    年齢はわからない。

    ホームレスはその置かれている環境から、老け方が激しくなるもので、チラっと見れば還暦近いのかもしれないが、そのような条件があるとしたら、意外と我輩よりも一回り、若いのかもしれない。

     

    いつ頃からなのか、覚えている範囲では今年の春ごろから、その男は毎朝、同じ所に座っていた。

    他のホームレスと違い、朝からアルコールを痛飲しているわけではない。

    会社まで歩みを進める通勤客をじろじろ見たり、ちょっかいをかけるわけではない。いや、逆に通行の邪魔にならないように、へこんだセメント製の窓格子に、器用に座りこんで外をぼうっと観ている。

     

    一度、警察官が職務質問をしている光景を見かけたが、反抗的な対応はせず、むしろ警察官のほうが色々と気にかけて、いたわるように話しかけていたのが印象にある。自分に何かの非があるのかを十分に知った上での、ややフワフワとした世間離れしたやり取りが、なんとはなしに耳に入った。

     

    猛暑の折、特有の臭いを前を通る際に感じ取ることはなかった。

    おそらくどこかの施設に入って、最低限の着替えと入浴サービスを受けているような感じであった。

    少し肌寒くなってきた昨今、我輩の知る、あの独特の「枯れ葉」に似た埃っぽい空気を少し、鼻腔で感じることができたが、若い頃に面白半分で入った大阪のドヤ街や、バスを乗り間違えてソウルの貧民窟「タルトンネ」等で充満してた排泄物の爆弾ような不快さは、その男からは発してはいなかった。

     

    何がその男をこういう状況にしたのか、興味は全くない。

    ただ、この激しく動く「社会」に、機会があれば「戻りたい」とする最低限の「気遣い」をにじみ出してることに、少し面白いと感じている。

     

     

     

    数週間前のある朝、いつものように通勤ルートを変え、渋谷駅までやってきた。

    そして同じように、銀座線の改札口を目指していると、いつものようにその男は、窓枠の指定席に座っていた。

     

    しかし、不思議なことをしていた。

     

     

     

    何か「漫画」を描いているのだ。

     

     

     

    正確に言えば、「漫画」ではない。

    B4サイズのプリントに8個のコマ枠があり、その男は、お世辞にも巧いとは決して言えない女の子のキャラを懸命に描いていた。

    想像するに漫画の通信教育のようなものか、そのフォームの中を、その男は懸命に「課題」ともいえるかもしれない練習をしていた。

     

    物好きな我輩は、次の朝も同じルートで出勤すると、その男は今度は、似たようなフォームの中に、のっぺりとした女の子のキャラを何体も描いてる最中だった。

     

    別の日には、鉛筆でネームっぽいものを、通信教育らしいフォームの中で、書きなぐっていた。

     

    ある日には、B4の紙いっぱいに、いろんなキャラクターの下絵を描いていた。チラっと見ただけなので、何なのかはわからないが、学園モノっぽい、そんな感じのものだった。

     

    そして先週金曜日、初めて観た時と同じ8コマのフォームの中に、女の子キャラの同じ横顔を、漢字ドリルのように描いてた。

     

     

     

    長く無為に時間を過ごすうちに、漫画を描きたいと思ったのだろうか。

     

    あるいは俗っぽいが、一発逆転をはかろうとプロの漫画家を目指そうと考えているのだろうか。

     

    警察官が来ても、ここで人物観察をして漫画の練習をしている、という言い訳をでっちあげようとしているのか。

     

    そんなことはどうでもよい。

    理由はなんでもよい。

    我輩は毎朝、懸命に「ナニカ」を描こうとするその男の前を通るたびに、不思議な気持ちにとらわれた。

    「始める」のに「遅い」ということはない。

    通信教育をやっても、巧くなるということは決していない。こればかりは才能がモノを言うのを、我輩はよく知っている。

    それでもなお、その男は、毎朝そこで、「違う自分」を求めて、漫画を描こうとしている。

     

    単調な毎日に拘泥している我輩にとって、足下に及ばないことだ。

    仕事ではなくルーチンとしての出勤の惰性の中に流されている我が身を恥じ入る。

    我輩はその男には、声をかけるつもりはない。

    ただ、その男が示すあの無心さに、師を観てとりたい。

     

     

     

    明日も、いることを祈ろう。

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