ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

40代最後の年

2018.09.01 Saturday 22:09
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    今年が「平成最後の年」であるので、それと比較するとあまりにも小さいことである。

    にしても、ほんと、年齢喰ったなあ...と思うよ、こう書くと。

    ブログを始めて25年くらいになったか、はじめはゲームの宣伝を兼ねてやればいいかな…と思ってたが、次第に文章を書く練習の場、脳みそを整理する場という感じになってきた。

    途中で、ツィッターが登場したことで、生存確認があちらでできるようになり、完全過疎状態になってたが、会社での仕事も随分と暇になったことだし、またこちらでいろいろブツクサを書くのも悪くないかもしれん。

     

    にしても、この年齢だ。

    結婚はもはや不可能。てか、我輩には不向きなことだ。

    どっかのサイトで、結婚できず、子供ができず、週末をみじめに過ごすのは嫌じゃ!と叫んでたのがいたが、ありゃ文字通りの「ホームラン級の馬鹿」ってヤツだ。

    他人と比較して、自分は上か下かって、日本海の向こうの半島の連中のような恥ずかしいことをすんじゃねえ。

    てか、幸福かみじめか、決めるのはどこのどいつだ?

    自分だろ?

    どうしても比較しろってんなら、我輩からすると、赤の他人と結婚して、自分の悍ましい遺伝子をコピーしたガキが目の前にいるだけで、ストレスマックスで不幸のズンドコってものだ。下げたくもない頭を下げること自体が、自己ハラスメントってものだし、肩書が上がって給与が増えたところで自分のモノにはならないし、50歳過ぎたら役員にでもならなければはぎ取られるものだ。

    そういう管理職が、わんさか、今の会社にいて、あ、こりゃここで出世するのは意味がねーな…と。

     

    いずれにしても、死ぬまで独り身だ。

    30歳の時から、毎年正月に遺書を書いているが、本格的な終活について考える時期に来ている。

    定年後の生活とかと紐づければ色々と捗るものだ。

     

    定年後の再雇用制度がある会社だが、週に2、3日出れば良い感じにしよう。その頃には自宅勤務も整備され..........てねえだろうな、上場していても、あの根っこまでゴリゴリの町工場。

    でても仕事はしないようにしよう…てか、会社のために何かしようという気持ちは、さらさらない。

    色々と裏切られたし、ハラスメントは横行しているし、障害者を差別する、そんな古臭い体制だからねえ。

     

    その代わり、自由な時間は自分のために使おう。

    ただ、いきなり違うことをするつもりはない。

    今やってることの繋がりであれば、体力が落ちてもなんとかできるだろう。

     

    ドライブは好きだが、オートキャンプはするつもりはない。

    「ゆるキャン△」に毒されているが、秋か冬にコーヒーをどっかの森か湖畔で淹れて飲みたい、そんな小旅行でもしたいものだ。

    海外へのプチ貧乏旅行は相変わらず続けられる。シーズンオフであれば、台北かKLに拠点を置き、そこからLCCで安くあちらこちらへ行ける。いっそ、現地にアパート一室を借りるというのも、ありかもしれん。

     

    死んだ際には、民生委員と弁護士に遺産の処分、葬儀の仕方、遺灰を納める墓地とかお願いすることになろう。

    我輩の骨を納める場所について、数か所選択肢に上げているが、もう少し年月が過ぎれば、そういう永代なんたらも増えるだろう。

     

    死ぬ準備をするのは早すぎるかって?

    我輩、もう何度も心臓が止まって、あの世を行ったり来たりした人間だぜ?

    いつになるかはわからんが、こちらの世で周囲に迷惑をかけたくないで、すっきりとして逝きたいものだよ。

    最後に勤めた五反田のブラックゲーム会社を辞める際に、あらゆる縁を切ったから、今の解放感がある。

    面倒なことは後に残すべきではない。

    独身であればなおさらのことだ。

     

    ああ、そうだ。

    年老い方も少しずつ、自分なりのものがわかってきた。

     

    絶対にユニクロとかの量販服は着ない。

    今ある服装を組み合わせて、上手に着こなせるようにする。

    背筋は常にまっすぐ。

    ぶつかりそうになったら、必ず避ける。

    メガネレンズは常に磨く。

    加齢臭防止のため、風呂では耳の後ろなどを良く洗う。

    静かにゆったりと笑顔で。

    できれば月に2回、理容室へ行く。

    シャツは綺麗に。

    モノを減らしていく。

    話しかけれたら、内容に問題がない限り、誠実にこたえる。

    求められない限り、決して助け(と思い込んでいる場合が多々ある)ない。

    「若い頃、自分ならこうするんだ!」と喚かない(老害にならない)。

     

     

     

    耳が遠くなってきたら、素直に「ごめんなさい、もう少し大きくおっしゃってください」と言える、爺になりたいものだな。

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