ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

Ik Onkar

2018.05.27 Sunday 00:09
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    JUGEMテーマ:宗教

     

     

    ---シーク教とは何でしょうか。

     

    あなたを含めて、あらゆる人があらゆる宗教を信仰しておりますが、それとまったく同じです。

     

    良いことをしなさい。悪いことをしてはなりません。

    社会のため、人のために自分ができる範囲の中で正義のために動き、

    正業について社会の中でしっかり働き、日々生活するための稼ぎを得、

    友人や家族を大切にし、上に立つ人を尊敬し、自分の部下を正しく導き、

    穏やかに日々を過ごし、しっかり正しく生きること、それはシーク教に限らず、

    あらゆる宗教、宗派、神や仏が我々人間に願っていることです。

     

    その誕生した時期や環境によって、その教え方、伝え方がだけが違っているだけです。

    ただただ、人は如何に正しく、平和にしっかりと生きるべきか、すべての宗教の最終目的はすべて同じです。

    シーク教も同じなのです。

     

     

     

    ---シーク教の祈りとは何でしょうか。

    Ik Onkar.

    神は一つなり。

    10人のグルがそれを伝えてきました。

    グルの言葉に耳を傾け、グルの言葉の中で瞑想をし、ただ一つの神を感じ、その愛を感じ、個人と社会において自分が正しくしっかりと生きていることを考え、反省し、道を見出し、いつもの生活に戻って再び人生をしっかり歩むことを祈ります。

     

    我々はいかなる苦行も特別な祈り方もしません。

    しっかり生きることが、祈る以前に必要な事です。

     

    朝起きて美味しい朝食が出てくることに対して家族に感謝する。

    支度をして仕事に出かける。

    困難があれば、それを如何に解決するのか真剣に考え行動する。

    無事にクリアすればうれしいし、失敗したらその原因を考えるようにする。

    仕事を終えて、クタクタだったらそのまま家に帰る。

    家族と一緒に食事をして、今日一日の出来事を和気あいあいと話す。

    シャワーを浴びて綺麗な寝間着に着替える。

    ベッドに入り、寝入りばなに

     

    「神様、今日も一日ありがとうございます。明日もがんばります」

     

    これがシーク教における根本の祈りです。

    難しいことは一切ありません。

    思い出した時に、この寺院(グルドワーラー)に来れば良いだけです。

     

     

     

    ---シーク教には特別な祈り方も苦行もないようですが、他とは違う点はありますでしょうか。

     

    空腹だと祈りもままなりません。

    一階に食堂があり、朝昼晩、いつでも無料でベジタリアンの食事を誰でも召し上がることができます。

    シーク教はどのような肉でも食べられますが、祈りの場にはヒンズー教徒や仏教徒、イスラーム教徒もお越しになりますので、誰もが食べられるようにしています。

     

    イスラームではラマダーンがあります。

    他に飢えているイスラム教徒と同じように苦しむための義務ですが、我々からしますと少しおかしな話です。

    飢えている人がいたら、一緒に苦しむべきではありません。

    まずその飢えている人にたくさん食べさせられるように動くのが、シーク教の基本なのです。

     

    実は祈りと瞑想をせず、食堂で食事をしてさっさと帰る信者が多数おります。

    少しでも良いから食後に祈りの場でグルの言葉を聴いてほしいものであるが、それを責めることは一切ありません。

    腹を空かせている人を助けることの行為そのものが、祈りでありますから。

     

     

     

    ---なぜ、髪の毛や髭を剃らないのですか?

     

    神様から与えられた身体であることを、実感するためです。

    髪の毛は伸ばしっぱなしですが、ほとんどの人はある程度の長さになるとそれ以上伸びないでしょう?

    髭もある程度の長さになると、それ以上大仰なものにはなりません。

    一人一人違う…それを認識し、お互いを認め合い、神から与えられたこの身体そのものが、神の栄光そのものであるということを知るために、我々は頭より上には一切の刃物をあてないようにしております。

     

    では頭より下はどうなのか…と思われるでしょう。

    例えば爪。

    ヒンズー教の修行僧の一部は、爪を伸ばしっぱなしにして、それを修行の一つだと主張しておりますが、社会を良くする行為とは一切無関係である、果たして神の求められていることなのでしょうか。

    特殊な祈りや派手なパフォーマンスをして、「お布施」だと主張して信者から金を受け取る行為は、神の求める行為とはとても言えません。

    我々は働くために、爪を切らなければなりません。

    肉体労働者も、事務職の人も、医者も弁護士もSEも、誰もが社会の中でしっかりと生きる、働くために、神から与えられた一部の部位についてそれを直す必要に迫られます。

    神から与えられた身体であることに感謝し、社会のために働くことに感謝するために爪などを直すのは、正しくしっかり生きるために必要なことであり、ここにバランスを取っています。

     

     

     

    ---誰でもシーク教徒になれるのでしょうか。

     

    あなたがグルの教えに共感し、グルの教えを通して神を信じ、シークの道を歩まれると決意されるのであれば、我々はあなたをあらゆる形で支えていきます。

    逆にシーク教徒にはとてもなれないのであれば、それで良いのです。

    またシーク教徒になっても、やはりついていくのが難しい、離教すると仰るならば、引き留めることは致しません。

    最初に申しましたが、すべての宗教は同じ一つの神、そして共通してあるのは、如何に正しくしっかりと生きるか、それが求められているから、どの宗教を信じていようと、同じ兄弟であり、同じ家族なのです。

    だから悲しむということもないし、怒ることもありませんし、残念に思うこともないのです。

    ただただ求めるのは、人間としてちゃんと生きているのか、それだけが重要です。

     

    逆に我々が一番軽蔑するのは、

    「うちの宗教だけが救いで、他は間違っている、おまえは地獄に落ちる」

    「違う宗教だからおまえを迫害しても良い、殺しても良い」

    と主張し、他の恐怖に陥れ、脅迫し、洗脳し、認めようとせず、破壊し、財産や地位を奪う過激な集団です。

    そういう過激な連中は、とても人間らしい生き方をしているとは言えません。

     

     

     

    ---神はどこにいるのでしょうか。そしてどうやって祈るのでしょうか。

     

    あなたと私がこうして話をしているということに、神の存在を否定することはできるでしょうか。

    こうしてあなたを会えたことが、神、グルの恵みです。

    上の祈りの場で、巨大な本が開かれ、音楽が流れていました。

    あなた自身、一緒に礼拝し、瞑想しましたが、シーク教徒ではないのにそれをしっかりやっていただけたことに、神、グルの恵みに感謝せずにはいられません。

     

    あらゆる生活、一瞬一瞬において、我々は神の中に生きているのです。

     

    開祖のグルから10代目、お隠れになる際に、

    「予の亡き後、代々のグルの言葉のみを聴け」

    として、言葉を編纂し、聖典としました。

    聖典にあるグルの言葉を通して、瞑想し、心の中にある傲慢や欲望、執着などから離れることを祈ります。

    グルと申しましたが、我々人間にとって究極のグルは神(サドグル)なのです。

    聖典を通して、あらゆるグルの言葉を通して、我々はサドグルを仰ぐのです。

    仰ぎ祈ることで、恩寵を得ますが、祈ること以上に大切なことは、しっかりと正しく生きること、そのこと自体が、神に対する最大の祈りなのです。

     

     

     

    日本でシーク教のグルドワーラーは一か所しか存在しない。

    シンガポールやマレーシアには多くのグルドワーラーがあり、以前から気になってたことが多く、この日記では書ききれない多くのことを訊いた。

    そして、熱心に教えてくださった、クハルサ・ダールマク・サブハ・グルドワーラーの責任者、サトワント・シン様にこの場を借りて、深く深く感謝を申し上げたい。

    気付けば4時間近く、シーク教に限らず、あらゆる宗教についての比較、信仰の形、死について、その他多くのことでお話できたことに、シーク教徒ではないが、「グル」への感謝を捧げたい。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    シンガポールが好きになった理由は、こういうところにもあるんだな。

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