ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

毛越寺という「絵」

2017.08.25 Friday 15:28
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    JUGEMテーマ:東北の旅

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    キャンペーン価格で、いつもより2割ほど安くレンタカー。

    我輩の前後に、これまたサラリーマンが借りる手続きをしてた。

    なんで我輩の世代って、こうも店の人に対して無礼な言動をするんだろうなあ…。

    ま、それはともかく、右ハンドルだ(台湾でのレンタカー話は、同人誌をお読みくださいw)。

    オートマだ(愛車の「雪風」はマニュアル。だから安く買えたんだけどね)。

    ハンドルのところにあるボタンとかで、カーナビ操作ができる純正もの…ブルジョワな(チガ)。

     

    近くの市場に併設されている喫茶店で食事を…と思ったが、泊まったホテルの朝食が予想より量が多かったので、そのまま毛越寺。

    この一関って街、結構一方通行が多く、カーナビの通りに走ったらグネグネとまあ…おかしなルートばかり走らせやがって。

    でも無事に到着。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    ほお…何とも落ち着いた雰囲気でいいね。

    確かに、1989年に再建…新しさが感じられるのは仕方ないか。

    でもここは、建物ではなく、こちらが有名だったっけ…

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    ふおおおお!

     

    これはすごい…。

    江戸時代は廃寺一歩手前の状況で、周囲は田んぼになってたが、発掘調査などから奥州藤原の栄華が証明され、その功績の一つがこの「大泉が池」…写真や映像では伝えられない。

    伝えることができると言う人間を、我輩は信用することができない。

    ここに立たなければ、それほど大きいはずでもないが、雄大さを錯覚するその不思議な構造に、感動を抑えられることはできない。

     

    周囲を歩く。

    どこに立っても、そこには「絵」が存在するのだ。

    礎石しかない廃寺跡も、そこから見える池の光景も、「絵」が浮かび上がるように設計されていることに驚いた。

    感動して、ここでは多くの写真を撮った。

    しかしそれらを多く残したとしても、不可解なことにその感じられた「絵」が再現できないのだ。

    PCモニターに一枚一枚表示しても、毛越寺、大泉が池、そしてそれら全体の風景の中に感じられたものが浮かび上がってこない。

     

    ここは写真や映像に頼る場所ではなかったのだ。

    ごくたまに、国内でも海外でも、また場所に限らずたとえば芸術作品でも、そういう現象を強く個人に突き出してくる場所やコンテンツが存在する。

    ここもそうなのだ。

    浄土のイメージを体験できる場所として、奥州藤原氏の精魂が、たとえ復元されたものであったとしても感じられる。

    今でいえば、VRエンタテインメントのようなものか。

    それにしても、この清浄さはなんと心地よいものだろうか。

    風は涼しく、快晴。

    早朝までの嵐が嘘のようだ。

    地面から上がってくるほのかな湿気が、「絵」の中に土の香りを含ませてくれる。

     

     

     

    雪降る季節にも、来てみたいものだ。

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