童が母を求めるが如くのフェテシズム

  • 2016.06.06 Monday
  • 16:16
JUGEMテーマ:美術鑑賞





















台湾の親友より、東京で開催されてる台湾イラストレータKCNこと、呉旭曜先生初個展「帝国の曙」のご案内があり、ギリギリ鑑賞することができた。定期精密検査の後、地下鉄を乗り継ぎ、道に迷いながら(てか、新橋駅、再開発しすぎw)やっとのこと到着。
時間が時間だけに、鑑賞者は我輩一人であった。

感想?

感想…ねえ。

感想を言う資格が我輩にあるのかどうか…
我輩の狭い感覚から大きく飛躍した、背筋がぞくぞくする表現の数々に、どういう賞賛の言葉を並べたら良いというのだろうか。
飾られた絵の一つ一つが、台湾人、そして日本人に対する呼びかけ、いや、慟哭にも似たような叫びが飛び出てくるかのようだ。

呉先生のテーマは、国民党政権によって徹底的に破壊され否定され隠ぺいされた日本統治時代を掘り起こして、独自の世界観でそれを狂おしいまでの深みのある色彩とファンタジーをもって、憧憬として訴えることにある。
我輩自身、台湾の統治時代を完全なパラダイスだとはこれぽっちも考えていない。ただ良きも悪しきも全ても含めて、”あの頃”を鬼才と言える表現力で、キャンバスいっぱいに描きつくそうという気魄に、ただただ脱帽するしかない。

日本に対する過大評価された憧れ、幻想と言うこともできるかもしれない。
だが、数年前に台北で観た「KANO」で感じられた、台湾人の日本に対する「堂々としなさい」という励ましは、同じように台湾人自身に対しても、日本と同じように、世界に対して「堂々としなさい」という訴えと同じくするものであり、日本統治時代を一種の「原風景」としての幻想を通して、独立した台湾人としての誇りを呼び起こすものに連なっている。

その証拠に、描かれているのは日本人だけではない。
統治時代に活躍した多くの台湾人も描かれている。蔡阿信、陳澄波などが、多くの郷愁と共に描かれている。
女媧伏羲を彷彿させる日本と台湾をイメージした姉妹絵には、背筋がゾクっとした。
一方のみを偏愛するのではなく、台湾がまずあり、台湾の中に日本があり、日本がまずあり、日本の中に台湾があり…それを狂おしいフェテシズムの世界の中に、鑑賞者を誘うのだ。

そしてそのフェテシズム溢れる幻想は、エロティックではあるが決して劣情をもよおすソレとは全く違う。
親とはぐれ、泣いて母を求める童…その童の名前を懸命に呼び、必死に探そうとする母…理屈を超えた、離れようにも離れられない「何か」への「愛」…呉先生は描き、これからも描こうとしている。
そして現実に、共に見つけ、共に抱きしめた時こそ、呉先生の作品は完成される。



彼の絵は、東アジアへの「預言」なのだ。
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