生きるという覚悟

  • 2014.05.17 Saturday
  • 22:49









考えてみたら、”雪風”で夜のドライブをするのは、初めてだったかもしれない。
気分転換に付近を一周し、少し買い物をしたら、こんな時間になってた。
数年前から若干視力が落ちた所為か、夜間に運転することを避けていたが、軽自動車から小型車に乗り換えたことで、全体的に運転しやすくなった。
少し、時間を作って、こういう楽しみを持つのも、悪くはない。



それにしても、とうとう45歳になった。
年齢食ったな。
というか、よく死なずに済んだものだ。
心はまだ若いつもりで、今でも時折アキバでアヒャヒャしたりするが、やはり日々、年齢を感じてしまう。
心臓も時折発作を起こす。
死を日々感じることは相変わらずだ。

それでも、かつてのような生き方をしなくなった分だけ、かすかな光を感じるようになった。

毎朝同じ時間に起き、身支度を済ませ朝食を摂り、
決まったバスと電車に乗り、会社でいつものようにデスクへつき、
仕事を日々こなし、ランチを摂り、また仕事を続け、定時に帰る。
明日の支度をし、風呂に入り、夕食を作って食べ、「艦これ」をプレイし、
日記を書き、ビジネス法務の勉強をし、座禅をして、ベッドに入る。

休日は平日と変わらない時間に起き、洗濯機を回し、朝食を摂る。
車を出し、スポーツジムで汗を流し、買い物をし、少し余裕があればドライブを楽しむ。



平凡?
退屈?
いや…この年齢になって、やっとわかったよ。



平凡な生活は、本当に偉大なものだということ。
退屈な日々こと、なんと人間らしいことであるかということ。



何とはなしに思うことがあって、こないだ御伊勢参りを果たした。
ふと思ったことは、”人生の折り返し地点に来たことへの感謝”としての参拝だった。
我ながらおかしな話だと思った。
いつ死んでもおかしくない心臓病を患って、まだ半世紀弱生きろって、ありえない話だ。
だが、無事に参拝し、せりなさんはじめ、善き出会いがあった。





もう少し、長く生きてみようと思わないか。
この平凡で退屈な生活は、大いなる恵みだということを、そろそろ受け入れてはどうか。






なんとなく、そんな感じがする。
人は誰でも必ず死ぬ。
我輩は既に何度か死んだ。
死ぬこととはどういうことか分かったので、それゆえ、いつ死んでも良いようになっている。



だが、生き続ける覚悟は、意外や意外、まだできていなかった。

それに気づかせてくれるとは、なんとも面白い誕生日プレゼントだ。
 
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