ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

人生半ばなのかどうかは知らぬが

2014.03.07 Friday 22:35
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    JUGEMテーマ:日記・一般

    消費税が上がるということで、買いだめをしておきたいと思う反面、
    消費税が上がってもそれを負担を感じさせない企業努力に対して、素直に拍手を送りたいと感じることもある。
    避けて通れないものに対しては、8%の数値は重くのしかかるかもしれないが、
    選択肢のあるものについては、ことさら大きく騒ぎ立てるようなものではない。
    大阪のスーパー玉出あたりが銀座の一等地に進出するというようなことになれば、それはそれで大変ではあるが、
    探せば今と変わりない金額で、商品を購入することができる。
    もっともそれは、BtoC企業にとっては辛いことではあるが。

    日々がこんな感じだ。
    会社の仕事も楽になった。
    日々、何かを思うこともなく、何かに思い煩うこともなく、平穏に過ごしている。
    時折、狭心症の発作が起こりはするが、何とかこの冬を乗り越せそうな感じだ。
    果たして人生半ばに差し掛かったのか判然とはしないが。
    もしそうであるなら、少しばかり過ぎし日々を振り返り、思うことを述べても良い時期であるのかもしれない。

    もっとも、我輩のことだ、表現がおかしいかもしれんがな。



    もし真っ当に生きたいのであれば、公衆浴場に問題なく入ることのできる人間であることが重要だ。
    公衆浴場だけではない、温泉もしかり、スポーツジムもしかり、市営プールもしかり、神輿を担ぐ場合もしかり。
    つまり、刺青を肌に入れる人間の屑になってはならないということだ。
    人間として社会に生きる上で、あたりまえのことを享受する資格を自ら放棄する行為、つまり刺青を入れるということは、社会性のない人間であることを宣言することであり、広い繋がりで相互扶助の恩恵を受けることができなくなることを意味する。
    何かしらの事故や事件等に遭った時、刺青を入れたということから、受けられるべき権利がはく奪されている。
    ではそういう人間はどうするのかといえば、結局のところ、権利がはく奪されている人間同士という狭い枠の中でもがくしかない。だがいくらもがいたところで、社会における権利を放棄したところから、二進も三進もいかないということに気付く。
    それ故、犯罪に手を染めることになる。
    最初は粋がっているつもりかもしれないが、結末に例外はない。



    我輩は銀行が嫌いだ。銀行員はもっと嫌いだ。
    だがこの社会において、銀行は死ぬまで付き合わなければならない組織である。
    利息はミジンコの涙にもならないが、預けているということで一定の信用を得ることができる。
    だがそれ以上に重要なのは、問題なく銀行から(決してサラ金ではなく)お金を借りられるかどうか、である。
    銀行による審査にかかる時間が短ければ短いほど、良い人生を送っていることを意味する。
    反社会勢力へのにらみは厳しいものがあるが、そこまでではないとしても、根無し草はやはり惨めなものだ。
    プロレタリアルンペンにいたっては自分の刺青の艶を出すために、はした金で犯罪に手を染めることのみっともなさ。



    早い時期に仕事をするのが良い。
    とりわけ世間でいうところの”良い大学”を卒業したら、どんな形態であれ(正社員が理想であるのは変わりないが)どんな業種であれ、とりあえず就職し、最低1年働いてみるのが良い。
    そこで社会で生きる上で必要なことを習得することができる…電話のとりかた、メール文、お辞儀の仕方などなど。
    一番みっともないのは、”自分探し”と言って、”良い大学”を出た後、親のすねを齧りつつ、社会に対していっちょまえの言動を繰り返すことだ。
    冒険をしないのに自称”冒険家”とか、道端で演奏しても相手にされない自称”ミュージシャン”とか、口先で雄大な設定だけを並べ立てるだけの自称”小説家”とか…そういうのは”社会のニート”でしかない。
    いつか世間を”あ!”と言わせるのが夢だろうが、それを成し遂げるための努力がまったくない。

    【柏通り魔】 竹井容疑者、自宅に警察が来たとき「チェックメイト!」と叫んでいた

    この馬鹿と同じだ。



    会社で出世するのが目的であるならば、体力をつけ、責任を他人に押し付け、美味しいところを見つけて奪う嗅覚を身につけろ。もっとも、一度失敗すると、その会社にはもういられなくなるから、リスクは大きいが。
    会社はあくまでもライフラインであると割り切るなら、出世しないように努力しなければならない。実はこれが結構大変だ。無能を演じることには、強固な自制心が必要だからだ。有能を演じるのであれば、詐欺師のように記憶力を鍛える必要がある。
    また仮に頂点に達したとしても、人々が頭を下げるのはその肩書きに対してであって、人徳や実力によるものではないということを常に気を付けていれば、どのような形であれ、頂点から去った後で困難なことに出くわすということはない。
    あと、既存の組織で頂点に行った者、とりわけそれが上場企業である場合、独立して会社を起こしても失敗する。
    歯車が自走できるわけないじゃないか。w



    この世は、自分の思い通りに全くならないという前提で生きよ。
    もし、なんでもかんでも自分の思い通りになるというのであれば、人類はとっくの昔に絶滅しているよ。
    全く思うようにならないと気づけば、人生、気楽生きられるものだ。
    ただ、この世を自分の思い通りにならないことに恨みを募らせている嫉妬深い人間がいるなら、絶対に近寄ってはならない。
    無視して相手にしないことだ。
    何故ならその人間は、周囲の人間を自分の思い通りの人間であらねばならないと狂信し、その通りでないとその人間を病的なまでに攻撃するからだ。



    貧乏すぎるのはよろしくない、身体を壊すからだ。
    金持ちをめざし、金持ちであることを続けるのもよろしくない、心を壊すからだ。
    ではどうすればいいのか?
    足るを知り、人生を楽しめば良いのだ。
    そうすれば貧しくても苦しくなく、富んでも金に振り回されることもない。
    100歳まで生きたとして、寝る時間はその1/3、立場と健康からどうにもならない幼児期と老齢期は1/2。
    となるとまともに動けるのは30年あるかどうか。しかも30年間を全力疾走なぞしたら、途中で倒れてしまう。
    そう考えると人生において必要なのはなんなのか?
    骨になる前に、自分がどういう者であるのか、知ればそれだけで余計なことに振り回されずに済む。



    何かの壁に当たったら、暖かくして寝ろ。
     
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