ぼんのう

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勅使とは

2013.12.30 Monday 15:59
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    JUGEMテーマ:ニュース

    勅使。

    元来は古代中国において儒教における中華思想と共に定着していったようだが、
    広大な大陸を皇帝自らが行幸するという非現実性からの対策として定められた制度のように思える。
    皇帝自らが大軍を率いて全土すべてを回るのは、秦の始皇帝が始まり、そして終えたようなもので、その後は衰退していった。
    封禅の儀から封泰山への行幸は清の時代まで続けられたので、その他については皇帝が季節ごとに近辺の宮殿へ出たり入ったりするということ以外、なくなっていた。
    勅使という制度は、表へ出てこない皇帝の代理としての資格にて必要ある人の所まで出向き、宣旨を伝達する人のこと。
    官位において勅使より高くとも、宣旨を受ける人は勅使を皇帝として迎える義務がある。
    何故なら勅使は、皇帝そのものだからだ。

    日本で勅使という存在が現れたのは、「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条、俗に「魏志倭人伝」において。
    倭王卑弥呼が、魏の曹叡皇帝勅使・梯儁(ていしゅん)を迎え、金印紫綬を受けたことが記されている。
    皇帝自らではなく、皇帝の代理、しかし皇帝そのものである勅使という”概念”が初めて入った瞬間である。
    次第にこの概念が浸透していき、鎌倉時代に勅使は幕府に対して、天皇の代理人として宣下勅令の伝達の役割が定まった。
    日本においても、天皇の代理人、行幸こそできないが、天皇の意思を完全に表す存在としての勅使は、平成の今でも存続している。
    ちなみに蛇足だが、琉球王国や李氏朝鮮でも、明〜清の勅使を平伏して受け入れた。
    当時の絵を観ると、勅使と共に、上座に位牌が並べられている。
    位牌は明や清の皇帝そのものを表すもので、琉球や朝鮮の王たちがその前で平伏し、オブザーバ(?)として同席してた対馬藩や江戸幕府の役人たちが呆れている図が見られる。
    位牌は元来、儒教における葬式(もともと儒教は、お葬式の学問。お葬式を通しての治世という内容なんだよな元来)で使われるものだが、その後、いろんな形で変貌していったんだよな。
    勅使というモノ言う皇帝の代理人と、位牌というモノ言わない皇帝の代理人が、二重になって中華思想を押し付けてたんだな。



    で、だ。
    こんなまとめを見かけた。


    靖国神社に参拝することに賛成な方に、一つだけ質問。天皇陛下ですら参拝を自粛してるんだけど?


    このサイトをご覧あれ。
    ついでにこれも。菊の御紋に注目。



    日本国民であれば、きわめて一般的な常識なのだが





    1975年以降、天皇陛下と皇室は

    春と秋の例大祭、年に2回、

    勅使を靖国神社にお遣わしになられている。






    当時の三木首相が「公人ではなく私人で参拝した」という発言を受け、私人としての参拝ができないことから、御親拝を止められ、以後、勅使を以て参拝をされている。
    勅使はこの場合、天皇陛下の代理である。
    毎年2回、靖国神社へご参拝されている。
    The Wall Street Journalの記者は、日本国民だからこの常識を知らないだけかもしれないが、少なくともジャーナリストに最低限必要な、その国における常識をあらかじめ知っておく義務がある。

    「本人じゃないから」と反論するのであれば、究極に言えば、クレジットカードに記すサインは認められないという理屈になる。
    あのサインがあるからこそ、クレジット会社に出向かなくとも、本人が確かに確認した、ここにいないけど支払に同意したとするサインそのものが、本人の代理である…という規定を否定したいのだろうか?

    勅使という制度は、商法、民法などにおいても、その子子孫孫を見ることができる。
    これがなければ、世の中、原始時代のまんまだぜ?w
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