ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

台湾紹興酒一本を飲み干す

2009.12.22 Tuesday 23:41
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    今週で、職業訓練学校を修了することになる。
    感慨深いものだ。
    不思議なもので、ここに通っている人たちは、我輩を含め、
    何らかの事情で失業した。

    経営不振で追い出されたケースが一番多いだろう。

    この日本の癒されない大病は、
    努力しても報われないというところにある。
    これは過去においても、現在においても、未来においても
    不思議と存在している病気だ。

    「働けど働けど我が暮らし楽にならず、じっと手を見る」
    と石川啄木は歌った。
    尤もこの詩は、石川自身が芸者遊びで借金まみれになった時のもので、
    自業自得ではあるが…。

    いや、それでも字面通りに捉えたところで、
    この大病こそ自業自得ではないかと、時折思えてならない。

    日本には、極めて特殊な「領分」という文化がある。
    『権限・能力などの及ぶ範囲』(大辞泉)というもので、
    時としてそれは「空気」という言葉に、多義化される。

    誤解しないでいただきたいのは、「領分」は全世界において見られる文化であるし、また全世界の官僚機構から法人、家族生活に至るまで存在している。
    それらは何からの目的を完遂するのに、機能的な働きを見せる。
    時としてそれは、芸術的でさえある。

    だが、日本における「領分」の概念は、一つの目的の為に構成されるということは殆どなく、惰性的な仕事と人間関係において、理不尽さを与え、日本人を不幸にしている。

    人材の流動化とか言いながら、管理職とヒラという縦方向構成から未だに抜け出せられていない。
    どちらにも、何かしらの専門的な技術(これも誤解ないように。スキルというのは、理工系のことのみを指しているのではない。セールスというのも立派なスキルだし、PR宣伝も極めれば誰にも真似できないスキルとなる。極論すれば、「誰にも負けない笑顔」というのもスキルだ。どうにも、『固い』スキルだけが優先されるようでは、発展性はないな)が、相互に認められていない(あっても、認めようとしないおかしな文化がある)。で、代わりにあるのが、「上司部下」という領分。
    絶対服従が仕事においても強制され、それは全人格においても強要される。
    仕事を通して収益を上げるという考えは一切存在せず、相互主従による「領分」確認のし合いのみが仕事とされている。
    そんなんだから、仕事をしているつもりであるが、収益が増えるということはない。

    仕事をしているつもり…全く意味を成さない領分の確認のし合い…まるでサル山におけるマウンティングの繰り返しだ。
    「前職では何をしてましたか?」
    「はい、マウンティングばかりしてました」
    これが実情だろう。
    解雇に怯えるというのは、無論、生活に与える影響が一番の理由であろう。
    だが、そこには、仕事における最終目的から大きく外れた、「領分」への安住があるのではないか。
    だとしたら、石川啄木を「自業自得」だと否定することはできない。



    まあ、そんなことを考えるのはやめよう。
    短い3ヶ月であったが、人生、最高の時でもあった。

    法律の基礎知識(特に民法、商法など)が身についた。
    ゲームばかり作っている脳味噌では、本当に社会から馬鹿にされるな…シミジミわかった。

    ビジネス英語について、ブラシアップできた。
    英文契約書や英米法の概念、構成、その他についても理解できた。
    これから、経験を積み重ねるだけだ。

    何よりも、仲間ができた。
    修了しても、ずっといっしょに飲みに行くことができる仲間ができた。




    This day is call'd the feast of Crispian.
    He that outlives this day, and comes safe home,
    Will stand a tip-toe when this day is nam'd,
    And rouse him at the name of Crispian.
    He that shall live this day, and see old age,
    Will yearly on the vigil feast his neighbours,
    And say 'To-morrow is Saint Crispian.'
    Then will he strip his sleeve and show his scars,
    And say 'These wounds I had on Crispian's day.'

    We few, we happy few, we band of brothers;
    For he to-day that sheds his blood with me
    Shall be my brother.


    向かう敵が、この大不況であり、
    少数なる我らが共に戦うというのであれば、
    我々は兄弟である。

    大学時代に暗誦した、「ヘンリー5世」の演説を
    一人ごちしながら、バス停から帰ってきた。

    気持ちの良い忘年会であった。
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