ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

告知 第20回 セント・パトリックス・デイ・パレード東京

2011.01.11 Tuesday 23:59
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    第20回 セント・パトリックス・デイ・パレード東京


    今年こそ、参加してやる!
    そして、ギネスビールを飲んでやる!w
    アイルランド | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

    1916 Seachtar na Cásca

    2011.01.10 Monday 20:53
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      インターネットに感謝。
      本当に感謝。
      不法アップロードである可能性がはるかに高いが、
      昨年、情報があってから、観たくて仕方がなかった
      2010/9より、アイルランドで放送されてたドキュメンタリードラマ
      「1916 Seachtar na Cásca」を観ることができた。


      「Seachtar na Cásca」

      巧いタイトルだ。
      英訳すると

      「The Easter Seven(復活祭に7人)」

      ああ…
      我輩が大学時代から20年間、アイルランドの独立革命史を
      ライフワークとして研究しているが、その中で最も史実において頂点に立つ
      復活祭蜂起。
      そこで指揮を執り、処刑された7人のことか。

      Thomas J. Clarke,
      Sean Mac Diarmada,
      James Connolly,
      Patrick H. Pearse,
      Éamonn Ceannt,
      Thomas MacDonagh
      Joseph Plunkett

      本当は、兄Patrick H. Pearseと同じく処刑された弟Williamと、
      Banna Strandで捕えられ、ロンドンで処刑されたSir Roger Casementなども多く含まれているが、ダブリン市街戦の中心人物たちとしての、「アイルランド臨時政府」の「首班」としての彼ら7人が取り上げられた。
      一人一人の名前と、一人一人の生涯、一人一人の戦場での活躍、逮捕された時の様子、処刑までも道のりを全部述べることができるし、一人一人を歌ったRebel Songsも歌える。
      GPOを占拠し、Patrick H. Pearseが高々と宣言した「アイルランド独立宣言」も、完璧ではないが暗唱できる。
      処刑の数時間前、キルメイナム刑務所でJoseph Plunkettが婚約者Grace Giffordと結婚した様子も、説明しろと言われたら、いくらでもできる。
      Banna Strandの平和な波音も、今でも覚えている。
      最初にダブリンの町に入り、目に飛び込んだのが、アイルランド市民軍本部の跡地だったことも、懐かしい思い出。



      5年後か。
      100周年記念の式典、何かあるだろう。
      ほいほいと海外旅行に行くより、こっちを目的に、
      貯金をしていったほうがいいかもしれないな。

      ああ、それにしても、このドキュメンタリードラマ、よくできてるな…。
      Facebookにもコミュがあるし、こりゃありがたい。
      アイルランド | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      うっかりしてた!

      2011.01.04 Tuesday 15:59
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        旧軍や古今東西の軍歌などを研究されている
        小川寛大先生の年賀状で、

        「今年はアメリカ南北戦争開戦150周年の年です」

        とあった。
        なんということか!うっかりしてた!
        沖縄に行くとか、そんな話どころではない!
        アイルランドのRebel Songを研究する身として、こんな大事な年を忘れてしまうとは、恥以外の何者でもない!

        アメリカ南北戦争。
        正式には「American Civil War」。
        経済に関しての考え方が違うということと、当時の連邦憲法に関する解釈の違いというだけで(奴隷解放は当初、大きな要因ではなかった)、同一国の中で凄惨な戦いが繰り広げられていた。
        リンカーンの「ゲティスバーグ演説」ばかりが有名であるが、我輩として、同大統領の二期就任における演説あげられた聖句、


        "The judgments of the Lord are true and righteous altogether."
           
        「されど神の裁きは正しく絶対なり」


        に込められた、アメリカが生まれ変わるための血による「過ぎ越し」と「洗礼」への絶望的な祈りにこそ、この戦争の意義があったと考えている。



        さて、南北戦争は遠い昔の話ではない。
        偶然にも幕末明治維新と同じ時代だ。
        アメリカ独立から100年経っていない時期に勃発したこの戦争には、いろんな「アメリカ人」が存在していた。
        ライフワークとしているアイルランド移民も多く、その数の多さから、南軍北軍双方にアイルランド移民からなる強大な師団が多く存在し、とりわけ北軍の「69th New York Infantry」の勇猛さは知れ渡っていた。そしてその師団には、アイルランドにおける19世紀で最も有名な独立闘争「1848の闘争(反乱)」の参加者が存在していた。最も有名な中隊長のThomas Francis Meagher大尉もこの反乱に参加していたが敗れ、オーストラリアに送還されたが逃亡し、師団に参加した。戦いに慣れた戦士で構成されていたのだ。

        そして南軍にも多くのアイルランド人が参加していた。
        特定の師団が組織されたということはなく、そもそも祖国を追われ、新天地を求めて南部を開拓していったアイリッシュ系が多かったことから、連邦政府の中央集権的な考え方がかつての大英帝国のそれと被るところがあり、自然と南軍全体に「アイルランド的」な文化が根付いていった。
        よく聞かれるウェスタン音楽に使われるフィドルなども、典型的なアイルランド音楽の派生であり、食文化、言語における方言、強い独立志向が南軍の特徴であった。

        一時期「奴隷制に賛成しているから南軍は悪」という考えがあったが、奴隷を有するのは裕福なプランテーション経営者などが中心であり、一般的な市民において、奴隷制について墨守しているというところはなかった。
        前述したように、南北戦争は「奴隷解放」が名目で開始されたものではなかった。実際、米国の連邦憲法では、州における独立が認められていた。北部と南部の経済の考え方は正反対:北部は工業化による国内産業の充実と労働力の流動化(この流れで、奴隷のように「固定」された労働力は好ましくなく、誰もが使える労働力が必要だったのだ。奴隷制そのものについて明確に反対はしていなかった)、南部は綿花プランテーションによる海外との貿易に重点を置いた農本主義を主張していた。一定以上の品質と量の綿を算出するのに、熟練の労働力としての「奴隷」が必要あり、労働力の流出は許しがたいものであった)。

        政治の中心は、北部にあった。
        憲法で保障されている「独立」の権利を行使しただけだった。
        しかし、リンカーン大統領はそれを許さなかった。
        歴史から見れば、リンカーン大統領は偉大な指導者だったかもしれないが、別の観点から見れば、法律を犯した政治家ということになる。
        ものすごい皮肉だ。

        バージニア州フレデリックバーグで、1862年12月、「69th New York Infantry」と、アイリッシュ系が数多く存在した「北部バージニア州軍」が激突。
        映画「Gods and Generals」でその様子が上手に再現されている。






        ああ、そうなんだ…
        今年で150周年なんだ…。
        多くのイベントが開催されるだろうな。
        多くの学術会が開かれるんだろうな。
        多くの音楽が演奏されるんだろうな。



        南軍の第二国歌とされている「Dixie Land」の作詞作曲をした
        Dan Emmetはアイリッシュ系だった。


        「The Bonnie Blue Flag」の原曲は「The Irish Jaunting Car」からであり、詞を付けた Harry McCarthy は、アルスターから南軍まで慰問に来てた音楽家だった。


        「南軍=アイルランド」と深く感じさせるこの歌も、有名すぎる。
        この音楽のフレーズも、18世紀にアイルランドで生まれたもので、前述の反乱と共にアメリカに渡り、新しい詞が付けられたのであろう。



        まだたくさんの歌がある…。
        つながっているだ。
        大西洋を越えて、アイルランドとアメリカは、つながっているのだ。

        帰るべきだろうか。
        一度。
        やはり。
        生の音楽に触れたい。
        南部がどういう所なのか、知っておきたい。
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        アイルランドへ「帰ろう」

        2010.10.21 Thursday 14:10
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          「外」のどこに行こうか、悩むの止めた。
          来年、アイルランドへ、一度「帰ろう」。

          老後、一人で暮らす終の棲家を探すことに、
          早すぎるということはない。

          今度こそ、行っていない
          イニシュア島まで行きたいしね。
          それに、スカンジナビア航空が
          あんなに安いとは、意外だったな。
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          Take Me Home To Mayo

          2010.10.10 Sunday 23:35
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            寝ぼけ眼でネットをあさっていたら、ちょっと面白いニュースがあったので紹介…。

            出身地をバカにした被告に「その地にある山に登れ」という判決

            裁判で有罪となれば、さまざまな罰則を科されますが、その内容が山に登れというのは、さすがめったにないことだと思われます。

            アイルランドで別の地域出身の警官を侮辱した男が、その地域にある山に登るよう判事から命じられたそうです。

            ひどい罵倒をしたという理由で訴えられたのは、アイルランドのラスマランに住むジョセフ・マッケルウィーを含む3名。

            パブの外で警官2人を罵り、アイルランド北西部にあるメイヨー出身の警官をバカにして「メイヨーへ帰れ」と言い放ったようです。

            被告は反省しているものの、判事はメイヨーにある山に登るよう命じました。その山はクロー・パトリックと言い、標高764メートルでウェストポート駅から8kmのところにあるメイヨーで3番目に高い山だそうです。

            判事は被告にクロー・パトリックに登ったことがあるかを尋ね、その山に登れば、その地域の人々の見方も変化するかもしれないとして、その山に登った後に、もう一度戻ってきて感想を述べるよう命じたのです。

            マッケルウィーの弁護人によると、原因は飲酒にあり、本人は反省して警官に謝罪を済ませ、その山に登ることを約束しているとのことです。

            来月にも出頭予定で、それまでに山に登ったことを証明するため、判事が用意した質問に答えなければならないそうです。

            標高でいうと特別高すぎるわけでも、低すぎるわけでもなく、反省を促すにはちょうどいい気がするユニークで変わった判決ですよね。

            果たして登山後の彼に、心境の変化は生まれるのでしょうか。


            (らばQより転載)


            クローパトリック山について、別の機会があれば詳細を書きたい。
            8月1日に行われるロホナサ祭で、アイルランド人が裸足で登山することで有名な山であるが、我輩が今回、それ以上に興味を持ったのが、

            「メイヨーへ帰れ(go back to Mayo)」

            という台詞。



            Mayo…ねえ。
            アイルランドの独立革命歌(Rebel Song)を長く研究している我輩として、
            どうしても思い出さざるを得ない歌がある。
            決して古い革命歌ではなく、歌われてからまだ半世紀も経っていないのではなかろうか。
            幸い、youtubeにいくつかアップされている。
            インターネット時代は本当に助かる。



            TAKE ME HOME TO MAYO (BALLAD OF MICHAEL GAUGHAN)
            メイヨーへ連れ帰らせてくれ (マイケル・ガーガンのバラード)

            (合唱)
            Take me home to Mayo, across the Irish Sea;
            Home to dear old Mayo, where once I roamed so free.
            Take me home to Mayo, there let my body lie;
            Home at last in Mayo, beneath an Irish sky.

            メイヨーへ連れ帰らせてくれ、アイリッシュ海を越えて、
            愛すべき故郷のメイヨーへ、かつて自由に駆け巡った土地へ。
            メイヨーへ連れ帰らせてくれ、そこで私の亡骸を葬ってくれ、
            故郷で永久に寝させてくれ、アイルランドの空の下で。

            1.
            My name is Michael Gaughan, from Ballina I came;
            I saw my people suffering and swore to break their chain ;
            I raised the flag in England, prepared to fight or die ;
            Far away from Mayo, beneath an Irish sky.

            私の名前はマイケル・ガーガン、メイヨーのバリーナ村からやってきた
            国民が苦しみ嘆き、束縛の鎖を破る誓いを立てていた。
            英国に反抗の旗を掲げ、私は戦い死ぬことを
            メイヨーから、アイルランドの空の下から遠く離れて誓ったのだ。

            (合唱)

            2.
            My body cold and hungry, in Parkhurst Gaol I lie;
            For loving of my country, on hunger strike I die --
            I have just one last longing, I pray you’ll not deny;
            Bury me in Mayo, beneath an Irish sky.

            パーカスト刑務所に横たわり、私は寒さと飢えで死んだのだ。
            愛する故国のために、ハンガーストで私は逝ったのだ。
            私の最期の望みを、どうかあなたは拒絶しないで欲しい
            私の亡骸をメイヨーに、アイルランドの空の下に埋めて欲しい。

            (合唱)



            曲は我輩が調べた範囲で、17世紀からのアイルランドの民謡。
            アイルランド移民と共に、この曲はアメリカに渡り、南北戦争時代にいろんなバリエーションで使われていた。
            詩の出所は不明。SEAMUS ROBINSONなる、アイルランド独立革命家が作ったとも言われいるが、ROBINSONが死んだのは1961年。
            この歌で歌われている Michael Gaughan が死んだのは1974年で、整合性がない。恐らく、Rebel Songの典型例として、パブなどで歌詞が継ぎ足しされて完成されたのであろう。
            あるいは昨年亡くなったベルファーストの音楽家 Seamus Robinsonのことかもしれない。それならい整合性がある。
            ええい…同じ名前の人が、ちらほらしてくるから、この種の調査って面倒くさい。
            和訳は、相変わらずの我輩の拙訳ですまない。

            Michael Gaughanは1950年、アイルランドのメイヨーで生まれ、大学卒業後、英国まで職探しに行ったが、IRAに参加。銀行襲撃などで逮捕された後、パーカスト刑務所に収監、そこでベルファーストで独立闘争をしていた同志と集合し、以下の5つの刑務所での政治的要求を求め、ハンガーストライキに入った:

            政治思想と立場の自由。
            自分自身の服を着ることの自由。
            独居房での監禁を行わないことの保障。
            懲役ではなく、教育を受けることの権利。
            英国ではなく、アイルランドの刑務所への移送。

            ハンガーストライキは、刑務所におけるIRAの政治闘争の手段となった。
            一年間に500人前後がハンストにより死亡した。
            Gaughan自身は、政治資金のために、銀行強盗を行ったというきちんとした理由があり、我輩自身はあまり興味を抱いていない人物であるが、前述のベルファーストで理由なく捕縛された人たちについては、深い同情を抱いている。そして、彼らの多くが、これらのあまりにも当たり前な権利を要求し、飢えと渇きの地獄に身を置き、国の将来を夢見て昇天していった。
            立場が違う。
            だが、Gaughanが有名になったのは、彼の最期に発した一言に因るものだった。複数の証言者がいるから、信じるに足るか判らない。プロパガンダとして作られたものかもしれない。だが、我輩は素直に信じたいと思う。

            「Bury me in Mayo」

            と。
            尤も、別の遺言があるが、そっちは割愛してもいいかな。
            調べれば直ぐに出てくるし。

            で、Gaughanの死の後、英国政府は5つの要求を受理すると発表したが、直ぐに覆されて、泥沼に…。



            にしても、「メイヨーに帰れ」って、泥酔状態ながら言ったというのは、相当この歌が、現地で有名なのか。あるいは、政治的な何かがあったのか(今でもアイルランド国内でも、わだかまりが残っている)。
            でもまあ、いい歌じゃないか。
            今宵も一人、我輩がこの世で最も愛しているウィスキー「ジェムスン12年」と共に、聴き、歌うとするか。
            アイルランド | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

            911    9年目への祈り

            2010.09.11 Saturday 21:49
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              今はただ、我が故国へ、深い祈りのみを。

              そういえば帰国した時、偶然開催されていたアイリッシュフェアの中で、
              神父の出張ミサがあったのを思い出した。
              911で殉職した警察官、消防士、救命士の多くは、
              アイリッシュ系だったという。

              祖先が大飢饉でアイルランドを離れ、
              最も過酷で危険な公職に就いた…その子孫の気高い精神は
              引き継がれると、神父は力強く述べてた。










              Dreaming in the night
              I saw a land where no one had to fight
              Waking in your dawn
              I saw you crying in the morning light
              Sleeping where the falcons fly
              They twist and turn all in your air-blue sky.




              今夜は、どうか祖国に向かって、涙を流しつつ
              この歌を歌うことを許してくれ。
              アイルランド | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

              首相、北アイルランド「血の日曜日事件」謝罪

              2010.06.16 Wednesday 21:18
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                首相、北アイルランド「血の日曜日事件」謝罪

                【ロンドン=鶴原徹也】英国のキャメロン首相は15日、英・北アイルランドで1972年に英軍がデモ隊に発砲し14人を死亡させた「血の日曜日事件」について、「不当であり、容赦できない。政府、国の代表者として深く遺憾に思う」と下院で述べ、謝罪した。英政府が同事件で非を認めたのは初めて。

                首相発言は、同日公表された政府の独立調査委員会の報告書を受けたもの。この事件では、北アイルランドのロンドンデリーで公民権を求めてデモを行ったカトリック系住民が犠牲となり、報告書は、〈1〉犠牲者は火器を所持しておらず、英軍にとって脅威ではなかった〈2〉英軍兵士は警告なしに発砲した――と結論づけた。

                政府はこれまで、事件直後の報告をもとに、「暴徒の発砲に対する正当防衛」だとしてきた。

                調査委員会は、北アイルランド和平プロセスの一環として98年、当時のブレア政権が設置。計約2500人の証人から聴取した。

                (2010年6月16日20時57分 読売新聞)




                遅かった。
                時代が変わったという理由が、そこにあるとしたら、
                あまりにも遅すぎた。

                それにしても、信じられるか。
                21世紀だというのに、
                まだこの凄惨な問題が残っているということ。
                近代法では1920年からであるが、
                分断の歴史は15世紀から続いているのだ。
                ヘンリー8世、クロムウェルの侵略、囲い込み運動に大飢饉…。

                まだ続くのだろう、悲しきエリンの叫びは。
                アイルランド | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

                「パイレートクィーン」を観てきたけど…

                2009.12.19 Saturday 23:42
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                  帝国劇場に来たのは、何年ぶりだろうか。
                  最後に来たのは確か、「ジーザスクライストスーパースター」だったか。
                  厳しい名称であるが、極めて大衆的な劇場で、
                  格別なお洒落をする必要は全くなく、
                  上下ジャージ姿の観客も中に数名…。
                  いや、ここまで大雑把というのも、何か問題があるな。

                  で、貧困の真っ只中にありながらも、諭吉を一枚犠牲にしてチケットを買い、観にいったわけだ。

                  感想?
                  …感想…



                  えっと…



                  うーん…



                  「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」を生み出したゴールデン・コンビである、アラン・ブーブリルとクロード=ミッシェル・シェンベルクの最新ミュージカル

                  …とあるけど、欧米において話題にならず、鳴り物入りで上演されたが、その後そそくさと店じまいされた理由が、何となく判った。

                  確かにブーブリルとシェンベルクのコンビは、ミュージカルを作る天才コンビかもしれない。
                  だが、アイルランドを知る人にとっては、あるいはアイルランド人からすれば、何とも言えない消化不良を起こす内容であることが否められない。
                  日本人が「蝶々夫人」を観るかのような感じというか…。

                  実在の海賊女王、グレイス・オマリーを描こうとした。
                  だが、アイルランド自体を表現するには、彼らはアイルランドをあまりにも知らなさ過ぎた…非常に偉そうなことを書くようだが、正直な感想をどうしたって申し上げたい。



                  オープニングでティンホイッスルとフィドルの演奏。
                  あれ?
                  国歌「兵士の歌」のリフレイン?
                  と思ったが、直ぐに音程を崩した。

                  で、アイリッシュダンス。
                  しつっこいくらいに、アイリッシュダンス。




                  …あ。



                  やった。
                  やっちまった。
                  嫌な予感がしていたが…
                  女性のダンスがおかしい。





                  裾をたくし上げて、押えてのアイリッシュダンスはダメ。
                  ちゃんと両腕を下に伸ばして踊っているのがメインでいるが、
                  見たところ日本人じゃない。

                  ダンスステップの流れも酷いものだ…。
                  言葉では説明できないのだが…。

                  あ、日本人らしい男性出演者が一人だけ、踊りがきちんとしている。

                  でもな…アイルランド人ダンサーを数名出演させて、フォローした点では評価できるが…「リバーダンス」っぽい演出を求めてやらせても、我輩の目は誤魔化せんぞ…。



                  あと、「アイルランドの独立〜♪」とか歌っているが、当時、アイルランドという固定した国家国土という概念はなかったぞ。
                  部族連合としての概念はあっただけ。
                  それをやたらと繰り返していて、白けてしまった。



                  というか、日本語翻訳、もう少し、何とかして欲しかった。

                  「イングランド人の〜♪」

                  とかの間延び方が…。



                  英語での上演は、どうだったんだろうか。
                  評判が芳しくなかったらしく、どこも終わっているようだが、
                  訛りとかをきちんと再現…




                  してないだろうな…この様子だと。
                  ミュージカルの日本語翻訳は何と難しいことか。
                  観客に合わせなければならないが、
                  どんなに慎重に翻訳しても、独特の言い回しが崩れてしまう。
                  英語の語彙量よりも、日本語の語彙量と言い回しで、全てが決まってしまう。
                  何ともやりにくい仕事だろう。





                  シナリオの流れも、なんというか…。

                  終始だらけてしまうのを、アイリッシュダンスで煙に巻く…
                  おい、いいかげんにしろよ…。
                  外国人が歌舞伎をやっても、不自然さが痛いくらい判るだろ。
                  バタバタバタバタとただけたたましく床を蹴っても、
                  今日の夕食は何にしようかと悩むほど、白けてしまった…。



                  終わった後、どこからともなくこんな声が…



                  『アイルランドって、どこだ?』







                  知らない人にとっては感動するんだろうな…。
                  よく知る人にとっては、高い買い物だった…。





                  帰り、浜松町に寄る。
                  年内閉店が決まったウェンディーズで夕食を済ますほど、
                  心が少々荒んでしまったようだ…。






                  追伸
                  ぎねす様

                  あくまでも、我輩個人の感想ですので、
                  関西公演にてご覧いただく際、逆に素敵な内容だと
                  お感じになられるかもしれません。
                  あしからず。
                  アイルランド | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

                  ライフワーク

                  2009.12.12 Saturday 22:46
                  0
                    ライフワークで、アイルランド独立革命史と、
                    それに関するRebel Songsの収集をしているのは、
                    この日記をご覧になられている方々ではデフォ(だよね?)

                    昨年の帰国にて、南北戦争でのアイリッシュ系連隊の研究や
                    南北戦争にて歌われていたバラードや軍歌の収集も追加した。
                    色々、CDとか聴いたり、戦後しばらく経ってから描かれた
                    イメージ絵とかを観て思ったんだけど…







                    滅びの美学って、意外や万国共通なのかもしれないな…って。

                    ちなみにこれは、南部連盟(南軍)のアイリッシュ系連隊などで
                    歌われた軍歌。

                    歌詞の中に出てくる


                    The Irish green shall again be seen
                    as our Irish fathers bore it,


                    で、思わずブワっと、涙が出てしまった…。
                    史実において確証を得るには微妙なところがあるが、
                    少なくとも一人位、南部連盟の独立の意義について、
                    こう思っていた人がいたんだろうな。

                    悲劇は北軍にも、有名なアイリッシュ系連隊があり、
                    同じ出自であるにも関わらず、敵として相対したということ。

                    だから余計に残酷で、悲しくも美しい伝説が多く登場したのであろう。

                    リンカーン大統領二期目就任演説の中で


                    Both read the same Bible,
                    and pray to the same God;
                    and each invokes his aid against the other.


                    とある。
                    アイリッシュ系以上に、同じアメリカ人として剣と銃を向け合うという悲劇に、奇妙なカタルシスを感じているのかもしれない。

                    神話少なき国だからこそ、
                    国民道徳の規範としての神話を
                    作らなければならなかった。
                    恣意的にではなく、ごく自然にわきあがる悲しみから
                    これらの美が生まれたのかもしれない。



                    再就職を急ぎたいが、一方で、これをテーマに
                    徹底的に研究したいなあ…。

                    宝くじ、当たらなければ無理かw
                    アイルランド | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                    アイルランドに蛇は何故いないのか

                    2009.07.05 Sunday 00:10
                    0
                      アイルランドにキリスト教を布教した
                      聖パトリックが、島内全ての蛇を追い出したという
                      伝説があるのだが、その方法を伝えるカートゥン











                      単純だけど、ひでええwwww
                      アイルランド | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |