ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

盗まない理由は別のところにあるのではと

2017.08.21 Monday 18:13
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    よく外国観光客などが、

     

    「日本で財布を落としたのに、返ってきた!日本の道徳、治安はすばらしい!」

     

    というのが聞こえる。

    我輩自身も良く、外国の友人知人から似たようなことを訊かれる。

    逆に海外でカメラとか財布とか無くしたら、絶対に戻ってこないということも理解している。

     

    しかし、ふと、思ったことがある。

    そのままネコババする悪辣な連中も当然いる。

    我輩自身も過去に自転車を盗まれたことがあったし、ゲーセンのプリベイトカード数千円分、目を離した隙に盗られたことがある。

    「返ってきた!」と感動され、日本を良い国だと広めてくれることに悪い気持ちを抱かないが、なんか合点がいかない。

    道徳云々ではない理由で、「返ってきた」のではないかと、なーんか思ったりする。

     

     

     

    ここからは我輩の勝手な想像だから、気を悪くしないでね。w

     

    数年前、タクシーに乗った際に、驚いたことに座席上、数万円ほどのお金が散らばっていた。

    どれもしわくちゃで、一言でいえばかなり「ばっちい」状態の紙幣であった。

    びっくりして運転手に尋ねたら、

     

     「ああ、もしかしたら前のお客さんが落としたのかもしれませんね」

     

    とのこと。

    海外からの人(国籍不明)が、無造作にポケットから金を出して支払ったのだが、その際に数枚、落ちたのではないかとのこと。

     

    ただ、上にも書いたが、とにかく「ばっちい」のだ。

     

    しわくちゃで、謎のシミとか、明らかに触ってはいけない汚れとかがこびりついてた日本銀行券…どうやったら、ここまで汚くできるのかが不思議なほどであった。

    国によっては、財布を使わないところもある。

    治安上の問題もあるだろうが、長らく洗っていないズボンのポケットに紙幣以外の何を入れたらこうなるものなのか…。

     

    無論、運転手に渡した。

    前の客がおりたホテルまで行って、返すとのこと。

    でも、その紙幣を渡した時、運転手が思わず呻いたのを聞き逃さなかった…。

     

     

     

    プチ貧乏の海外旅行を楽しむ身としても、同じような旅行をしている人たちの荷物を見ると、日本であればネコババするものではないな…という感じに「使い込まれた」のをよく見かける。

    彼らの持ってるスマホとかを例にすれば、よく言えば「長い間の旅の仲間」、悪く言えば「プラスチックの画面さえも割れるくらいに使うって、どんな過酷な状況で旅をしてたんだ、おまえは」という感じ。

    財布とかも、お金が入ってなかったら、そのまま燃えないゴミに捨てられてもおかしくない状況のものも、よく見かけた。

    仮に開けて、お金が入っているのを分かったとしても、「ここまで窮しているのか」と、逆にお金を少し足して、交番に届けたい気持ちにもなるというのも、よく見かけた。

     

     

     

    「他者のモノを盗まない」というのは、道徳という概念以上に、「他者のモノ」=「穢れたモノ」があるのではないかと、ふと思った。

    まあ、実際にバッチイのもあるが、落とし物があったら、それは「穢れたモノ」であるから、「手を出してはいけない」「自分のモノにしない」という気持ちが働くのではなかろうか。

    逆にその「穢れたモノ」を盗むという人間は、「穢い人間」として軽蔑される。

    考えてみたら、「ネコババ」という言葉も、要するに「猫の糞」…他に意味があるだろうが、そんな汚物を盗む行為に対する侮蔑の表現だったのだろうか。

    「穢れたモノ」「汚物」を盗むまでに、浅ましい身分になったということへの軽蔑…そういう人間にならないように…という、裏側からの道徳律だったら、面白いかもしれない。

     

     

     

    こういうくだらないことを、グダグダ書くほどに、ちょっと今の会社の仕事に疑問を持っててなあ…。

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    半分引退を考える

    2017.08.13 Sunday 21:59
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      JUGEMテーマ:漫画/アニメ

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      コミケはやはり、いくつになっても楽しいものだ。

      自分のバカ作品を、気軽にアピールする楽しさ。

      それらを準備するまでの楽しさ。

      なかなか会えない友人らと、ほぼ確実に会うことのできる楽しさ。

      懐かしい漫画家と再会できる楽しさ。

      かつてはそこは、「仕事」と繋がるところもあった。その頃は正直な話、別の楽しさらしいものがあったりしたが、今にして思えばとんだ勘違いであった。

      アマチュアであること、その楽しさを実感させる場については市民権を得ており、このコミケはその最大なるものである。

       

       

       

      酔誤郎さん、お越しどもです、ツィッターへのつっこみ、楽しいです。

      せいりゅさん、楽しい名刺、ありがとうございます。

      KSさん、そうですね、今度はゆっくりいろいろと話を。

      師匠、これからナニがくるんでしょうねえ。

      F田君、荷物の中に、何か入っているかもしれないが、まあよろしく。w

      その他多くの皆さんのお越し、本当にありがとうございました、こういう出会いの楽しさ、素晴らしさは大切にしたいものです。

       

       

       

      でも、正直な話、心臓が少しもたない状況になっている。

      今日の暑さが堪えたというのが最大の原因だとは思いますが、狭心症の発作が数回起こり、こっそりとニトロ剤を舌下服用しましたが、それでもなかなかつらいところがあった。

      混雑した通路で、一瞬、ホワイトアウトした。

      倒れそうになったのは熱中症ではなく、軽い心室細動だったのかもしれない。少し意識を取り戻したところで、ICDが動き出したのを感じた。

       

      サークルは続けるが、次回からいつものように、デスクのところに居られるかどうかが未定だ。

      ただ、アマチュアとして、漫画を描くという趣味は続けたいし、同人誌も出していきたい。

      相方の鷹に負担をかけることになって申し訳ないが、サークル出展は続けていきたい。

      夏の暑さ、冬の寒さから、心臓の負担を和らげることを、そろそろ真剣に考える時期になってきてるのは確かだ。

       

      まあ、本にするということでもないな。

      ツィッターとかで、イタズラ描きを掲載しても良いわけだ。

      馬鹿ネタは、黙っていても脳内で湧いてくる。

      液晶タブもどしどし使っていきたい。以前、日記にも書いたが、「描くことの楽しさ」を思い出させてくれた。

      人生はね、「楽しい」と思うことをやることだけでも、十分価値があるものだ。

      我輩は既に、会社での仕事というのを、人生から切り離している。社内における嫌な人間関係については一切無視し、面倒な仕事は機械的に行い、定時に帰る。8時間提供しているのだから、残りは自分の人生を楽しむために使わせてもらおう。

       

       

       

      ふと思った…ボルト選手は、走ることに、人生の楽しさを見出してたのだろうか、と。

      ブルガダ症候群とICD | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      こうして見ると日本は広いな…

      2017.08.05 Saturday 12:30
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        海外の友人知人が時折我輩に、日本の観光スポットとか美味しい店とかの情報について訊ねてくる。

        インターネットでも調べられることであるが、フェイク要素が時々あったり、ブログであればブロガーの主観が入りすぎたりして、来日の限られた時間を有効に使うため、我輩に助けを求めてくる。

        既に行ったところであれば、喜んで(ただしあくまでも”主観”だと念を押して)情報を提供するし、行ったことがなくとも個人的に興味そそるものがあり、それほど遠くない(この場合の”遠い”は、”雪風”を出して片道2時間以内を指す)のであれば週末に気分転換かねての”取材”をして、写真とかを送ったりしている。

         

        観光を学問にしている愚かさよりも、こういうのが実際の意味で重要な観光であろう…まあ、この自論は置いておくとして、こういうお手伝いをしてて思うこと…日本は地理的な意味では小さいかもしれないが、中に含まれているコンテンツについては世界で一番広い国ではないかと、実感してしまうということだ。

         

        昔、ゲーム業界にいた頃から親しくしているラーメン狂いのフランス人が我輩に、東京のどこそことどこそこ、どこそこなどのラーメン屋20軒ほどのエクセルリストを送ってきたことがある。一つ一つに素材や麺の質、人気の具、混雑具合などが書かれていて、そこまで好きなんだ…と思ったものだ。そして驚いたことに、これらの店を、二日間で廻るというものだ。

        流石にそれは、胃の許容からしたら、危ないのでは…と心配したら

         

         「大丈夫、短時間で回れるように、ルートをプランニングしたから。このルートで問題ないか?」

         

        と、グーグルマップを見せられた。

        本人としたら、何としてでも全部食べるという情熱があったわけだが、よく見たらそれらの店は、山手線や地下鉄で簡単に移動できる隣り合った地域に集中していた。

         

         「他にもたくさん行きたいラーメン屋があるけど、同じような場所に集まってるのは、助かる」

         

        同じ料理であっても、チェーンを除外すれば同じ味は一つとしてない。

        狭い区域に「激戦区」が出来上がっても、よほどのことがない限り、閉店となる店はあまりない。

        地図では渋谷に集中していたが(当時)、そこだけで半数の店が存在してた。

         

        歩いて行ける狭さ…だが、普通の人であれば、一日で回り切れない”広さ”があるのだ。

         

         

         

        別の人(香港の人で、これもゲーム業界に居た頃、いろいろと仕事をした)は、富士山をレンタカーして観たいと言ってきた。

        同氏はまたワイン好きなので、じゃあ、ついでに山梨県甲府一帯のワイナリーに立ち寄ったらどうだ?…とアドバイスしたら、後日、感謝としてワイン2本贈ってきた。

        そうとう気に入ったらしいが、まさか飲酒運転、しなかっただろうなあ…。

        富士山五合目や五湖、遊園地とかもいいが、ちょっと走れば、最近ドライブ先として気に入ってる甲府までは簡単に行くことができる。甲府城散策、ほうとう、一泊するのであれば地酒も捨てがたい。

         

        ある時には(確かロシア人だった…これも前職の付き合い)、倒産した会社近くの寺院まで案内したことがあった。

        特に有名なところではないが、日本の仏教に深い関心があり、昼休みにそこまでガイドしてほしいと頼まれた。

        偶然、そのすぐ近くにも別の寺院があり、そこも案内したっけ…なんかラーメン屋のと同じシチュエーションだったな。

         

        訊かれるほとんどの内容は秋葉原についてだが、狭いくせに、やはり”広い”のだ。

        店どうしが歩いて10秒程度なのに、一つの店に入ったら最低でも1時間は海外の友人知人出てこれない。

        そして両脇に抱えたたくさんの”戦利品”を一度ホテルまで持ち帰って、また出直す。

        当初数時間を予定してたが、結局一日中、秋葉原に居たというのも珍しいことではない。

        それだけ、”コンテンツ”で”広く”なっているのだ。

         

        浅草にも日本全国の名品を集めたビルがある。

        周囲にも、日本を代表する小売販売チェーンの大型店舗がある。

        ベクトルはやや違うが、そういえばマレーシアKLチャイナタウン近くにも大型の観光ショッピングモールがあり、30分で出るはずが、その面白さに3時間いたということが我輩にもある。

         

        調べることは、観光を楽しむ側が率先して行うものである。

        下手すれば、現地の人よりもはるかに詳しい知識や情報を持っていることだってある。

        ただ、いざその場所に踏み入れても、異国であるがゆえに”方角酔い”が発生する。

        地図的なことに限ったことではない。慣れない言語、マナー、買い物とかでの注意などは、ネットでは得られにくいことが多々あるのだ。

        その場にいる人に限らず、事前に尋ねられた際に、できるだけ気持ちよく答えることは、日本の”広さ”を楽しませる重要な要素であることを知ってほしい。

         

        計るべきものは、物理的な広さではない。

        かといって、人工的に”コンテンツ”を詰め込むのも、やりすぎるとしらけるものがある。

        必要なのは、自然にできあがった”狭い”中での”広い”疑似的な空間の、フレンドリーな”道案内”なのだ。

        そこには一切の学問や政治、利権が入る余地はない。

        ”道案内”を心掛けることが、まずは重要な”おもてなし”ではないだろうか。

         

         

         

        え、原宿?ごめん、それは我輩には厳しいかもw

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        大丈夫なのか、ロゼッタストーン

        2017.08.03 Thursday 11:10
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          JUGEMテーマ:学問・学校

           

          ネット広告の性質であるのは理解しているが、一時期テレビCMを大量にうってた語学教材ロゼッタストーンの投げ売り宣伝がちょっと酷いと、我輩の中のみで話題となっている。

           

          ”挑戦プライス81%引 4,980円”

           

          いやいやいやいや、ちょっとこれは逆にヒク…。

          特になんとも思っていないのだが、数年前まで、あちらこちらの家電量販店で販売ブースを設置してたよね?

           

           

          個人的にこのCMは好きだったぞ?

          我輩も一つ買おうと思ったけど、値段以前に、

           

          PC1台のみにしか使えない

           

          という注意書きがあって、財布を引っ込めたが、今ではPC2台でもOKって…

           

           

           

          まさか、撤退予定?

          そんな空気を垂れ流して、大丈夫なのか?

           

          教材として有効かどうかはさておき、日本市場に向いたラインアップが欠如しているのが致命的だ。

          台湾華語が何故ない(広東語で代理できるというものではない)。

          タイ語がなぜ、リストにない。

          マレー語をラインアップに入れなかった理由はなんなのか。

          アメリカ本社(だよね?)が日本現地の最新の流れを見ていないのであれば、MBA崩れがせっかくのコンテンツを潰しているという、昔、MSがXboxでやったのと同じことを繰り返しているだけだと思うが…。

           

           

           

          グローバル化に向けた教材なのに、グローバル経済の失敗例として残骸を残してほしくないな…。

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          昔、これの企画を立ててたっけ

          2017.07.24 Monday 16:03
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            JUGEMテーマ:漫画/アニメ

            JUGEMテーマ:ゲーム

             

             

            原作のファンなので、劇場(新宿バルト9)まで観に行った。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            では、いつもの感想列挙を。

             

            立川の映画館より、こっちのほうが好きだな。

            始まるまで、10分もアニメ宣伝を見せるなよ…てか同じ作品を2度も…

             

             

             

            …しょっぱなから映画の内容ではないな。もとい!

             

             おお!満員!ほぼ全員、男性。

             あれ?あの女性…声優だったような気がするな…どっかで見かけたような…ま、いっか。

             新聞部のドローンネタ…意味もなく付属してるものにはつっこまないが、トゥーンシェードの勝利だな。

             にしても、別のケモナーアニメもトゥーンシェードなのに、この違いはなんだろう。

             うん?の割には、ところどころ、キャラの顔デザインがおかしいな。

             基本は原作ネタ。

             スズヘッド、ギャグでもくどいぞー。

             ムツミの声、上手くなってる。

             畑さん、たくさん出てるなあ…。

             頬ずりの動きが、なんつか…”独特”?

             ノゾミかわいい。

             にしても、笑い声があっちこっちから聞こえるが、原作、読んでないのかな?

             もしかしたら、原作ファンが観に来る映画ではないのか?

             おおおお…もう…へきるが…「合言葉はBEE」で、『穴という穴』ネタで赤面してた時代は過ぎ去ったのか(マテ

             小山先生かわいい。

             お、オリジナルストーリーか?

             …

             ……

             ………

             

             

            あれ?

            これ、シモネタツッコミのギャグ漫画だったよな。

             

             

             

            ラブコメ?

            え?

            なに、この終わり方。

            ラブコメ?

            ちょっとまて、これは話が違う。

            あと、なんか原作そのものが、そろそろ最終回のようなにおいが漂ってきたが、それでいいのか。

            シノと伝説の木の下ということになるのか。

             

             

             

            てな感じ(ワカラン

             

            障碍者割引で1,000円楽しめた。

            1時間だけの内容ではあるが。

            でも、前述の通り、原作ファンの人が観に行くものじゃないのかな。

            声優目的?

            うーん…サイトを見ると、確かに人気声優がたくさん出てるね(新旧問わず)。

            それだけのために劇場が満員になってということか…それはそれですごいことだな。

             

            それにしても、息の長いコンテンツだ。

            原作は10周年。

            しっかりと、限定版DVD付きのを注文してる。

             

            でもその前の作品で、「妹は思春期」のような強烈さがないのが、まあ、仕方がないということかな。

             

             

            15年以上前のコンテンツ。

            実はこれのゲーム企画を、本気で立ててた。

            ジャンルは「ツッコミ」ゲーで、ハードウェアはDS。

            妹のカナミはじめ、続けざまに出てくるシモネタに対して、瞬時にツッコミを入れるという内容。

             

            うん、まあ、お察しの通り、企画段階でアウト。

            あの当時は、任天堂はそういうのが原則ダメだったんだよ。

            だが、その一年後に、「どきどき魔女神判!」が出てなあ…。

             

             

             

            いあ、そもそも作りたいという開発者が社内にいなかった…あのころから人望がなかったなw

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            徒然と…

            2017.07.16 Sunday 16:15
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              JUGEMテーマ:日記・一般

               

              我輩が現在住んでる団地の真ん中に公園があり、日曜日の今くらいの時間だと、子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる…はずなんだよ。

              クーラーをガンガンに効かせてるつもりだが、部屋の中は30度を上回ってる。

              外壁塗り替えの時に、茶色系の塗料を使ってたせいなのだろう…熱が染みつくようになってしまい、デブには地獄…。

              その癖、食欲だけがもりもりあるからなあ…何か食べたいために、台所に立つ…んで、火を使う…うん、もう説明はいらないよね。

               

               

               

              避暑(?)も兼ねて、立川まで映画を観に行く。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              不思議なことに、予約席を見たらガラガラ。

              宣伝はそこそこやってたはずだし、大人気のシリーズだからと思ってたのだが…もしかして内容が?

               

              うん、内容が、だ。

              列記するのも面倒くさいが、まあ、要するにアレだ。

              ディズニーは「スターウォーズ」で親子喧嘩を、「パイレーツオブカリビアン」では親子再会…という感じで区分けしているんだね。え?違う?違うとは言わせんぞw

               

              あと、主人公の活躍が随分と削減されてる。第1作ではチャンバラとかしてたのだが、今回は逃げるだけという。

              ただ架空のキャラクターだけど、ああいう性格は見習いたいものだ、良い意味で。それと、ほどよく年取ってる細かいメイクがいいのだが、ただな…叔父役として出てくるポールマッカートニー…世界観を潰すな。我輩、こいつが大嫌いなんだよ。

               

              にしても、このシリーズ、「男はつらいよ」のように、ジョニー・デップが亡くなるまでやらせるつもりなのかな?

              だってさ…エンディングでまた続編という感じになってるし。

              あと前作の人魚について回収されていないし、新しい魔女が出てきたし…。

               

               

               

              夏コミの下書き終了。

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              日記にも書いたけど、我輩のような週末、趣味で描くアマチュアにとって、これ以上最高のコスパを持ったツールはない。

              確かにワコムは良い。

              画面の解像度への自動調整、ペン先の反応、ソフトウェアのカバー率…ワコムと比較してはいけない面があるが、その一方で、ちょっとしたことで動かなくなるという欠点が、XPPENにはない。週末にさて、イラスト描きの続きでもしよう…として、ワコムだと立ち上がらないことへの恐怖、限られた休日の時間を潰してのリカバリー、結局使えないことへの絶望感。

               

              アマチュアにとって必要なのは、限られた時間内に、好きなことが手軽にできるツールの存在なのだ。複雑怪奇な理由ではなく、単純な方法で、接続や回復ができるということなのだ。

              XPPENは立ち上げると半分の確立で起動しない。

              しかし慌てることはない。

              ケーブルを一度抜いて差し込み、タブレットを再起動すればパっと映る。

              変な表現であるが、アメリカ的な大雑把さが、このツールの強みだ。

              多少のタイムラグはあきらめよう…逆にそれを知ったうえでペンを走らせばよいだけだ。

               

              さて、ペン入れに入るかな。

              明日は祝日か。

              全部のペン入れは無理だろうけど、今回はコピー本。

              台湾に行くチャンスがなく、また他国を回るという機会が当面入っていない。

              友人知人に配るだけで良いとしよう。

               

               

               

              と、コミケの後に、夏季休暇があった。会社出張のついでに、花巻まで行ってみるか。

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              書くことで慰めを

              2017.07.10 Monday 13:57
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                JUGEMテーマ:日記・一般

                 

                他人のプライベートのどこがおもしろいのかとは思うが、歌舞伎役者の妻が癌で早死にしたニュースが少し落ち着いてきたようだ。

                問題は、その歌舞伎役者がブログやSNSなどで心情を吐露し、なんとか気持ちを落ち着かせようとしていることに対して、酷いことを述べる連中の多さだ。

                悪し様に無責任な非難を繰り返す輩は、世の中における理不尽さから逃避し続けてきた、実生活においても、精神面においても、現実を見ることのできない引きこもりであると断言できよう。

                アクセスを稼げば、運営会社から金がもらえるというが、大御所の役者にとってそれは微々たる金にしかならない。まあ、その金額からしたら、働かない人間にとっては大金ではあろう。つまりはその時点で、悪口を浴びせているのは、汗して働いて金を稼ぐ経験が実際にないと共に、世間での金の感覚がなんであるのか理解できていない未熟さがあるということだ。

                 

                このブログを続けて20年以上。

                ゲーム業界で働くという強烈なストレスを和らげることと、少しばかりのプロモーションに繋げられたら(逆効果になったりもしたが)ということで、日記の感覚で始めた。

                毎日の更新は難しかったのだが、ある日、大学時代の知人(今は絶交した。友人であっても、一定の礼儀というものを知らない人間と付き合うことは時間と精神の無駄遣いだ)から、「毎日書かないで『日記』って言えるのか、バーカ」と言われてから、どんなに疲れていようとも、一行でもいいからと、毎日書き続けてきた。

                 

                これが結構、精神衛生上良かった。

                 

                前述の通り、思ってることを書くことは、一種の”排泄”行為であるのだ。

                心の中で思っていることのモヤモヤを吐き出すのには、いろんな方法がある。

                一昔前までなら、電話で好き放題言うというものであるが、これはかけられる方にとってはたまったものじゃない。

                さきに挙げた知人も、大学時代、ほぼ毎晩我輩に電話をかけてきては自分勝手なことを喚き散らかして、我輩の時間を一方的に奪っていった。あいつだけではない、他にもこういうのが多数いたが、我輩自身、そういう手合いにつかまりやすいオーラでもあるというのだろうか。

                今であればSNSなどがある。

                ツィッターで思うことをべらべらと書き連ねること、Facebookで30分おき(!)に自分の存在を懸命にアピールすること(実際にいる…)なぞ、他人がどう思うかは別として、精神衛生には良いといえるし、相手になる方も電話とは違い、意味のないこと、理解できないこと、時間がないということについて、相手にする必要もない。

                 

                ”かまってちゃん”とか、最近だと”嘘松”という言葉もあるが、そういうのは無視しても良いし、ツッコミを入れておもちゃにするというのも実は、それをやってる人間にとってはうれしいことであったりする。ネガティブでもなんでも、この種の書き込みをする人にとって、自分が”忘れられた”存在になることが一番怖いことなのだ。

                だから何でもよいから”書く”ことで、自分はまだ”存在”していることで慰めを得ているのだ。好悪は別として、だ。

                 

                ただ一方で、何でも書いて良いわけだが、そこに責任が伴うということを理解していない場合が多い。

                犯罪やテロを示唆したり、反社会的な言動やそれ自体を肯定し続けるのであれば、後にそれは大きなツケとして返ってくるということは、若い世代よりも、我輩よりはるかに年上の連中に多く見られるのは、とても不思議なことだ。

                もしかして、学生運動の論理が、ネットでも通用していると思っているのだろうか。

                60年代と違って、”残る”ということの意味を理解していないのは確かだが。

                 

                色んな場面で、多く書き連ねている人は、正直な話、”病んで”いるのだ。

                その苦しみを少しでも”吐き出させる”間は、そっとしておいたほうが良い場合もある。

                無論、同じ苦しみを味わった辛い思い出がある場合、決して一人ではないということで応援することは大変素晴らしいことだ。

                何も感じることがないのであれば、そっとしておくことが、最低限のモラルだ。

                失ったことへの苦しみを、匿名であざ笑う人間を徹底的に軽蔑することが大事だ。

                 

                 

                 

                毎日、日記を更新しない我輩は、随分とストレスのない日々を送ってるってことになるのかな?

                日々是好日 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |

                英語を使うのではなく、使ってはならない英語を先に知ること

                2017.07.02 Sunday 15:05
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                  会社のことについて、今の仕事について、書くつもりはないし、「会社のため」という考えはこれぽっちもないがが、少しばかり脳内整理のために、このブログでブツブツさせてほしい。

                  今年入ってきた新卒者は全員、優秀であり、大学や大学院などで様々な工学分野について研鑽を積んできたが、英語について不安になる成績データが出てきた。

                  会社は”一応”(そうとはとても思えないところもあるが)「グローバル企業」()と銘打っているが、実際の業務において、英語が求められるのはごく限られたセクション、役職だけであり、あとは極めてドメスティックな空気が流れている。

                  とはいえ、その若いやつら(って書いたら、反社会勢力っぽいなw)は将来、どうなるか分からない。英語が標準語として使われる場面や部署に移されるということも0%ではない(嫌がっているであろうが、そうなったら辞める以外に逃げられる術がない)。

                   

                  外部の社会人向け英語教育アウトソーシングを使ったり、インターネット英会話を活用したり、会社独自の英語による特訓イベント、海外部署への一年間赴任のチャンスなど、様々な方向からサポートしているのだが、やはり変わりはない。

                  「嫌だから」というのはわかるが、最新の工学に関する学術書や情報が英語メインであるとするなら、また仕事のやり取りも海外とのケースが圧倒的に多い中で、「嫌」で済まされるわけではない。

                   

                   

                   

                  読む、書く、聞く、話す…という4要素が英語に限らない、すべての言語教育に共通しているものがある(文字を持たない文化はこの際、脇に置いておこう)。

                  彼らの「読む」はある程度良好な成績だ。

                  確かにそうだ。文法に基づき、書かれている内容を分解し、脳内で再構築する訓練は、日本の英語教育の根本にある(これが逆に言えば、コミュニケーションツールとしての英語がおざなりになってる原因であるわけだが)。

                  「書く」と「話す」には共通点が多い。発音があるかないか、また会話におけるスラングの類について考える必要がある。これが全体的なコミュニケーションの力を押し下げている。

                  「聞く」は特殊だ。英語の教科書での発音が、米国、英国の英語がメインだ(近年、TOEICではオーストラリア発音も入れられている)。ただ、会社には、そのようなオーソドックスな発音ができる社員は、外国人含めて少ない。ドイツ、マンダリン、メキシコの訛りが強すぎる。我輩でさえ、香港社員との会話のたびに、嫌な汗をかいてしまう。しかし、テレビ会議システムからは今後、逃げられるということは一切ない。

                   

                   

                   

                  さて、どうしたものか。

                  「おまえの今更、英語が」と言われるかもしれないが、さび付くのが言語なのだ。

                  日本語でもそうだ。長い間、仕事で電話を使わないでいると、電話のとりかたがたどたどしいものになる。

                  我輩の場合、5分ほどアメリカでも英国でもなんでもよいから、コメディ、カートゥン、ドキュメンタリーを観て、脳みそを英語にシフトする。

                  ただし注意しなければならないのは、その内容が

                   

                   

                   

                   

                  こんなんだと、脳みそがミスターガンピーになってしまうという点で…

                  カートゥンなら、「シンプソンズ」「ファミリーガイ」などがyoutubeに落ちてて、それを流し見する。

                  とにかく、脳みそを日本語の世界から一度離して、英語のモードにシフトする。文法とかそんな面倒なことを気にしない、英語のノリに脳みそと体(これがジェスチャーへと繋がる)に切り替えることが重要だ。

                   

                  あと、文法や語彙は間違っても良い、とにかく読み、聞いて、話す。

                  間違えるのは前提だし、先方も間違ってて当たり前だと知っているから気にしない。

                  別の香港人社員のしゃべってる内容とかは、発音以前に破綻しているし、ドイツ人社員の英語は1行で済むことを10行に引き伸ばされて聞かされるが、ネイティブではないというのが、一種の免罪符になっているのが、ビジネス英語における共通認識になっている(無論、きちんとした英語を使えると、その分だけ尊敬されるのは否定できないが、ただ、とにかく思っていることをどんなに手法が間違っても良い、伝えたものが勝つというのがある)。

                  聞くにしても、何度も聞き直すことに躊躇してはならない。何度も訊けば、相手はそれに合わせて語彙のレベルを下げ、わかりやすく伝えるようにするからだ。ただし、一番重要なことについては、「あとで今回の話し合いについて、整理のためのメールで(議事録とかを)送ります」という感じでの逃げ道がある。

                   

                  そして一番重要なことは、逆に使ってはいけない英語がなんであるのか、を知っておくことだ。

                   

                   

                  その為におすすめの本を一冊。

                  ネイティブではない人が英語を間違って使っても許されるが、かといって何でも免罪されるというものではない。

                  「文法的には正しいけど、何故か聞いててムカつく」というのを、逆に外国人が日本語を使ってて思うことはないだろうか。

                  それと同じで、何でも許されるが、超えてはならない一線について気をつけなければならない…それをわかりやすく解説してくれてる優れた書籍だ。

                   

                  "demand"の危うい使い方。

                  冠詞の有り無しで、社内の空気がおかしくなること。

                  ほめてるつもりが、相手を侮辱していることになるケース。

                   

                  実は我輩自身も、結構忘れてしまうことがあり、この本をいつもデスクのところに置いている。

                  辞書とかネットで検索できるものであるが、書かれている日本語の説明が、英語圏でのニュアンスと違う意味合いで使われているということが多々ある。

                   

                   

                   

                  新人たちには、カートゥンを観てもらい、そこで使われている使いまわしを暗記ではなく身体(ジェスチャー)と共に染みつかせ、テーマはなんでもよりから英語を使う場に放り込みつつ、使ってはならない英語を意識するようにすれば、それだけで十分ではなかろうか。

                   

                   

                   

                  まあ、もうじき、自動翻訳も完全なものになるだろう。台湾語のがほしいんだよw

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                  ここは天国じゃないんだ、だけど地獄でもない?

                  2017.06.25 Sunday 22:04
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                    JUGEMテーマ:気になる書籍

                     

                     

                    亡きブルーハーツの懐かしい歌じゃないけど、書店でこれを見つけ、重さに一瞬躊躇したが買ってしまい、ページめくるたびにニヤニヤしてししまった。

                    大阪民国だめぽツアー」が最近、更新されていないなー…と思ってたが、なるほど、この面白い本の作業に集中していたのか。

                    かなり以前からこのサイトを大ファンで、大阪まで行く用事(仕事私用問わず)がある時には、必ずチェックをして、”民国”のボーダーラインまで探索するという悪趣味な行動をしてたものだが、東京とその周辺に関してのサイトが弱かった。

                    その不満が全部この本で詰まってて、大満足。

                    建前ではない、「住みたくない街」について、いちいちごもっともな解釈と見方でアプローチしているという展開が、遠慮なく発揮されている。

                    半月ほど前まで会社事務所があった川崎については、著者は「住みたくない街」第2位にしており、その理由についても、

                     

                    「飲む打つ買う」のオッサンの町

                    あらゆる理由で東京からはみ出した人々が暮らす

                    柄の悪さと下品さには定評

                    組事務所のある南町

                    どぶろく横丁

                     

                    ああ…なんでンナ所に、事務所が置かれてたんだよ…まあ、テナントが安いというメリットがあったんだろうけど。

                    でも、この本のP25にある、「住みたくない街」、つまり「DQN地域によくみられるもの」のリストがなかなか強烈であり、このリストだけでも本を買う価値があるとも言えよう。

                    このリストをもとに、通勤に使ってる武蔵小金井駅周辺をあてはめてみると…

                     

                    北口にはディスカウントストアのドン・キホーテがあるが、南口には石井成城とかがある。

                    北口にはドトールとかがあるが、南口(の方角)にはスタバ。

                    外食は一人食から大戸屋までいろいろ。

                    南口の方角には工業高校、東京経済大学、北口ならちょっとバスで東京学芸大学。

                    南北両方にパチンコ屋がある。大きな本屋も南北双方にある(ただし、北口のくまざわの品ぞろえは、共産党のソレ)。

                    北口は路上喫煙のチンピラがパチンコ屋の前でうろうろしている、南はあまりいないかな?

                     

                    中途半端な町田なんだね、ここら一帯は(その理由は、本を読めばわかるw)。

                     

                     

                     

                    あとがきにおいて、著者は

                     

                    自分一人の人生で完結するなら西川口だろうが蕨だろうが川崎だろうが山谷や寿町だろうが、どんな場所に住んでいてもこの首都圏にいる限りはさほど不便を感じず安穏に暮らせるだろう。しかし自分に家族がいる場合は全く話も変わる。

                     

                    結構、ドキリとさせる言葉だ。

                    確かに我輩のような独身ブ男で障害を抱え、結婚は最初からあきらめているような屑としては、どこに住んでいようと、身一つをとりあえず狭いながらも安全な空間さえ確保できれば、どうにでも生活するこができる。

                     

                    しかし結婚して、しかも子供がいるとなれば、そういう場所に住むわけにはいかない…いや、絶対に住んではならないのだ。たとえ生活費を圧迫しようとも、通学路にチンピラがたむろし、公立の中学校が荒れ、ゴミ収集のマナーが最悪、アンダーグラウンドや公明党共産党のポスターがやたらめたらに貼りだされている場所に、子供をいさせては絶対ならない。

                    この本は、取材を通して、生々しい実態を報告している。

                    同時に、そういう「住みたくない街」以外のちゃんとした街がまだたくさんあることへの希望をも伝えている。

                    だからこそ、この本は読む価値がある。

                     

                     

                     

                    それにしても、ざっと読み通してて、あることを思い出した…18世紀の科学者、政治家で、神秘主義の大家である、エマヌエル・スヴェーデンボリについてである。評価については好悪が極端に分かれているが、我輩個人としては、「まあ、こういう考えもあるんだろうな」という程度。全面的にその考えに従う理屈が理解できんし、蛇蝎のごとくに嫌う理由が見当たらない、そんな程度。

                    彼は生前(確か「天界と地獄」という書籍だったか)、天国や地獄について説明してたが、その中で、地獄は存在しない、ただ悪しき心を持った人たち同士の魂が集まり荒涼とした世界の中でお互い争いあっている…彼らにとってはそこは地獄ではなく居心地の良い場所に感じてるが、普通の人が見ればそここそが地獄に見える。

                     

                    つまり、個々人のものの見方によって、天国にも地獄にもなる、というものだ。

                     

                    禅を世界に紹介した鈴木大拙も、一時期スウェーデンボルグの思想に感銘してたようだが、禅にもなるほど、この考えはある(最も鈴木翁自身、後年、スウェーデンボルグについて言及することはなくなったが)。

                     

                     

                     

                    武蔵小金井は中途半端な町田のようにも見える。南口での巨大マンションや高級スーパー等の環境を見れば子供を育てるには良いところかもしれないし、北口の江戸たてもの博物館のところまでバスで行けば、そこも良い環境に違いない。北口周辺に近寄らない限りだが。

                    川崎はこれは救いようがない。が、東芝村のある方角、そこ一体の住宅街から出なければ良いだけだ。ただし絶対に京急の方へは出てはいけない。

                    クルド人難民がコミュニティを作る真っ赤な蕨市は、その難民たちにとっては住み心地が良いが、家族がイスラムに改宗しない限り住む場所ではない。しかし数駅離れた「埼玉の永世中立国」与野あたりだと、その何もない環境故に、家族であれば安心して暮らすことができる。

                     

                    要するに、主観と自分の置かれている立場から考えて、住む場所を決めればよいだけのことだ。

                    てなると、住宅ローンでマンションとか家を持つのって、理不尽なことになるね。

                     

                     

                     

                    うーん、それにしてもここら一帯、やはり一人暮らしには厳しい環境だな。引っ越しする時期かな。

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                    国民が逆に注意すべきこと

                    2017.06.18 Sunday 13:59
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                      JUGEMテーマ:映画

                       

                       

                      日曜日だが、テーマがテーマだけに、観客があまりいなかった映画というのも久々だ。

                      映画「パトリオットディ」。

                      2013年にアメリカ合衆国ボストンで起こったボストンマラソン爆弾テロ事件を描いたものである。

                      いつものように、話を追っての感想を…

                       

                       

                      膝から蹴ったの?そりゃ怪我するよ?

                      アイロンという言葉を知らないアメリカ人って…最近の移民かな?

                      なんか出だしというか、大事件の前の日常の描き方が、ハリウッド的でワザとらしいな。

                      あれ?このスカイプっぽい向こうに映っての、誰?チェチェン等とのつながりはなかったって話だが。

                      ああ、警官制服が「道化師」って。

                      ベンツのSUV、やはり支那人留学生だったか。

                      楽しそうにゲームしてるなあ…わかりやすい死亡フラグだな。

                      実際のニュース映像とうまく組み合わせているなあ。

                      「でっちあげだ!」ってな陰謀論もあるけど、じゃあ、死亡した人もでっちあげとかなのか?

                      この即応性、日本にもあってほしいものだ。

                      おお…子供の遺体を守るというのは、一番つらい仕事。

                      テロリストって、直ぐに他人に責任転嫁するんだよなあ…あ、察し。

                      ええええ?GPSの番号?携帯電話を車に置いたというのが実話だぜ?

                      なんかチャイナマネーが臭いところがあちらこちらにあるねえ。

                      手製手榴弾がひどいことになってるな。

                      でたーーーー…ハリウッドでの、主人公の謎の独白というか、演説というか。w

                      この爺さん、勇気あるな…我輩なら、心臓発作が起こるぞ。

                      あれ?ところで昼だっけ?夜に確保したんだけど…時系列がなんかおかしいな。

                       

                       

                       

                      まあ、映画だし、スポンサーとか上映する国とかを意識しての媚び売りはハリウッドならではだけど、そこそこ面白かったかな?

                      他人に勧めるとしたら、半々かもしれないが。

                       

                      でね、一つ気になったシーンがあった。

                      犯人のジョハル・ツァルナエフ死刑囚から大麻を買って吸ってたバカ大学生達3人。

                      テロ直後に、ジョハル死刑囚にSNSで「おまえがやったの?」というやりとり。

                      んで、その後で、クローゼットから爆弾とその材料が出てきた時の反応、つまり「警察に連絡するな、俺達が困る」というところ。

                      そしてそのSNSでのやり取りから、SWATが乗り込み、全員逮捕。

                       

                      結果的に、しかも悪意(わざと)で犯人を隠ぺいしたということで3人は裁判に掛けられて有罪となった。

                       

                      あたりまえな話だが、日本でも「テロ等準備罪」とかも含めて、一般国民はこのような状況になったらどうすべきか、だ。

                      ちょっと調べてみたが、なかなか面白い。

                      法律や条例等で通告義務のあるのは、

                       

                      児童虐待

                      DV

                      高齢者・障碍者虐待

                       

                      通報義務というのもあり、これは

                       

                      火災通報

                      不法投棄通報

                      交通事故

                      飲酒運転

                      生活保護や児童手当の不正受給

                      外国籍の不法滞在

                       

                      では、テロリスト含めての不審者の情報やそれに関する危険物についての通報義務はあるのかといえば、どうもそれらしい法律が見当たらない。いや、あることはある。公務員の義務として(刑事訴訟法239条2項)、職務上犯罪だろこれ…というものについて、”告発をしなければならない”が、同条1項では”何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる”とあり、”しなければならない”ではないのだ。

                      まあ確かに、そうなっちゃうと冤罪が量産されることにはなるな。

                      しかし、テロや有事になると、状況が一変するのは確かだ。秩序、安寧、進歩…それらと対極にあるのがテロ行為だ。

                      適切な行動を行わないということは、テロに与していると言われても弁明できようがない。

                      まあ、そもそも大麻を吸ってるというだけで、犯罪者ではあるが。

                       

                      それにしても、結構、いろんな通報手段があるものだ。

                      警視庁には当然ある。

                      通報することで賞金をもらうというサイトも存在している。

                      でも一番通報するのは、テロリスト同士。

                      前述したが、自業自得の状況にあっても責任転嫁するしかない臆病者がテロリストになるわけだから、

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      というわけで、ね。

                       

                       

                       

                      それにしても、この映画制作における一番の功労者は、衣装係だな。よくぞここまで、そろえたものだ。

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