ぼんのう

ブルガダ症候群で一級障害者。人生、楽しもうよ♪

スカボローフェア

2018.12.04 Tuesday 21:20
0

    JUGEMテーマ:旅行

     

    Are you going to Scarborough Fair?

    Parsley, sage, rosemary and thyme

    Remember me to one who lives there

    For once she was a true love of mine

     

    おまえはスカボロの市場に行くのか。

    パセリ、セージ、ローズマリとダイム。

    そこに住む女性にどうか伝えてくれ。

    真剣に彼女が好きだった男から、と。

     

     

     

    トンネルを抜けると、雄大な磐梯山が視界一杯に入ってきた。

    ハンドルを握りながら、とうとうここまで来れたという安堵感と、噂に聞く雄山の峰に対して、背筋を正す自分がおかしかった。

    磐梯山。

    写真や動画、有名な民謡でしか知らなかったあの山の麓にいる。

    山肌を削るスキー場の景色に少し幻滅するが、雪深いこの地方において、スポーツ観光は重要な資源だ。

    外部の我輩が言える立場ではない。

     

    明治150年。

    「裏側」を常に見る性癖を持つ我輩はどうしても、「敗者」の立場に立ち、自分なりに考えたいと思ってた。

    司馬遼太郎が生前、会津の「義」があったればこそ、我々は日本民族を信用することができると讃えていた。

    幕末において、引いたら確実に滅ぶと分かっている貧乏くじを、その信念により引いた会津。

    江戸幕府という崩れ行く船に敢て乗り、武士であり続けようとする手綱を最後まで離そうとしなかった会津。

    その綱が切れたと勘違いして、若い侍達が自刃した会津。

    明治に入ってからの悲惨さは筆舌しがたい。

    だがそれを乗り越えて、会津の中から、明治を超えて、日本人とは本来、どんな民族であるのかを示す人材が多数輩出された。

    一泊だけだが、どうしても行きたいと思った。

     

    白虎隊の墓。

    佐々木只三郎の墓。

    柴五郎の墓。

     

    墓ばかり?

    そうかもしれない。

    だが、墓があるということは、150年前、ここと連なる時空において、彼らが生きていたと感じることは、この上ない生きる勇気を与えてくれるものではなかろうか。

    まずは、飯盛山へ向かおう。

     

     

     

    Tell her to make me a cambric shirt,

    Parsley, sage, rosemary and thyme,

    Without no seam nor fine needlework,

    And then she'll be a true love of mine.

     

    どうかその女性に、シャツを作ってくれと伝えてくれ。

    パセリ、セージ、ローズマリとダイム。

    縫い目なく、簡単な作りでいいんだ。

    そしたら一緒に、また暮らせることができるんだ。

     

     

     

    飯盛山の周囲に、土産屋の駐車場が多数存在している。

    市営の駐車場を探してみたが、見つからない。

    色々と「土産買えー」と圧力をかけてくるのではないかと、それが嫌で避けてたのだが、ダメだ。

    山頂まで行くエスカレータに近い、あまり整備状態のよくない駐車場に停めた。

    すると若い男性が、やってきた。

    ボロボロの紙を渡される。

     

    「あそこのお土産屋で、甘酒一杯でも十分ですので、店に寄ってください。何も買わなくてもいいですのでー」

     

    拍子抜け。

    中に入ると、老いた店員から小さな傘を渡される。

     

    「急な坂なので、これで身体を支えてください」

     

    意味がよく分からない。

    手すりはあちらこちらにある。

    おそらく、この傘で、自分の店の客だと他店に示したい、そんなものだろう。

     

    「どちらから?」

     

    東京です。あ、小金井市と言っても分かりにくいか。

    ふむ、そうだ。

     

    日野の近くです。

     

    「おお、これはこれは」

     

    やはりそうなんだね。

     

    朝早いためか、エスカレータはまだ動いていなかった。

    正面の坂はいくらなんでも無理だ。

    脇のさざえ堂を経由して登ろうとすると、

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    ああ、そうか。

    祖先の一部は、ここで戦ってたんだ。

    諸生党は会津と、天狗党は薩長と。

    複雑な気持ちになる。

    会津は一つにまとまってたから、維新後も活躍できた。

    水戸は維新になっても、内ゲバを繰り返したために、誰も残らなかった。

    「水戸学」は国難を克服する精神的な学問だったのが、何故、勃興した藩がそれでまとまらなかったのか、いつも不思議に思う。

     

    長い坂道を登りきると、水音がする。

    白虎隊が転進した戸の口洞窟。

    夏場とは言え、ずぶ濡れになりながら暗い中を、少年たちは潜り抜けてここまでやってきた。

     

     

     

    Tell her to wash it in yonder dry well,

    Parsley, sage, rosemary and thyme,

    Which never sprung water nor rain ever fell,

    And then she'll be a true love of mine.

     

    枯れた井戸で、それを洗ってくれと伝えてくれ。

    パセリ、セージ、ローズマリとダイム。

    水も湧かない、雨でも満たされることのない、乾いた所なんだ。

    そしたら一緒に、また暮らせることができるんだ。

     

     

     

    狭い。

    水流が激しい。

    人工的に作られたということから、こういう脱出方法を知ってたのだろう。

    薩長には知られない、絶好の抜け道だ。

     

    え?

    となると白虎隊は、疲労感一杯、空腹のまま、ずぶ濡れで、ここまで来たというのか?

    乾くこともなく、そこで城を見やったというのか。

    ずぶ濡れになると、人は心細くなるものだ。我輩はそれを良く知っている。

    空腹になると、判断力が失われる。

    戦場で死を間近に感じた後、緊張感を和らげる機会がないとするならば、素足で茨を敷き詰めた道を歩くようなものだ。

     

     

     

    Tell her to dry it on yonder thorn,

    Parsley, sage, rosemary and thyme,

    Which never bore blossom since Adam was born,

    And then she'll be a true love of mine.

     

    茨で乾かすよう、彼女にお願いしてくれ。

    パセリ、セージ、ローズマリとダイム。

    未だかつて咲いたことのない花なんだ。

    そしたら一緒に、また暮らせることができるんだ。

     

     

     

    さざえ堂で思ったことは、別の日記で。

    白虎隊を祭るお堂と土産屋を通り過ぎ、石段を更に登ると、いきなり広い場所に出てきた。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    我輩を含めた参拝客でいっぱいだ。

    既に知られていることであるが、自害した後、薩長の命令で、白虎隊の遺体は長い間そのまま捨て置かれたという。

    ここだけではなく、日本全国で「賊軍」とされた戦死者の亡骸が、同様に扱われた。

    それに噛みつき、死体を集め、立派な葬儀を行った清水次郎長、会津小鉄、柳川熊吉、三河屋幸三郎の博徒がいた。

    死した後の平安は敵味方問わずにあるはずだ。

    「人間」である限り、死者に対する誰もが持つべき礼儀のはずだ。

    それは戦い終わった後の慰めともなる。

     

     

    Ask her to do me this courtesy,

    Parsley, sage, rosemary and thyme,

    And ask for a like favour from me,

    And then she'll be a true love of mine.

     

    どうかあの人に、こうしてほしいと伝えてくれ。

    パセリ、セージ、ローズマリとダイム。

    どうか私のために、とお願いしくれ。

    そしたら一緒に、また暮らせることができるんだ。

     

     

     

    ふと、誰もいなくなった。

    一瞬、まったく繋がりのないはずの「スカボロフェア」の原曲が、口をついた。

    古戦場で倒れた戦士の亡霊が、スカボロフェアに向かう旅人に対しての哀願の歌だと聞いた。

    「パセリ、セージ…」のくだりは、日本で言えば、「くわばらくわばら」のような、亡霊除けの呪文。

    だが、我輩はあえて、それを唱えない。

     

    会津の武士たらんとした、それが結果として悲劇となった。

    普通の青春を送てた少年たちだった。

    母が恋しかったろう。

    家族が懐かしかったろう。

    司馬遼太郎は「義」を見た。

     

     

     

    我輩はただ、誰もいない高台に、蹲ってしまった。

    - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

    帰る人

    2018.12.03 Monday 20:38
    0

      JUGEMテーマ:旅行

       

      白峰城、白河の関、稲荷山の後、時間があまりにも余ってしまった。

      早くに到着したというのもあるが、それにしても、関と山で随分と時間を過ごしたはずなのに、どういうことなのか。

      とは午後3時前。

      この季節は、とにかく夜が早い。

      初めての場所で、早めにホテルに戻るというのは、先日の日記の通りのことだが、なかなか来ることのない白河。

      であれば、南湖を訪れよう。

      当初予定には入れていなかった。

      理由は、この広大な池を築いた、松平定信を我輩個人、あまり評価していないという点だ。

      本居宣長の国学を徹底的に批判し、後年、ある種の嫌がらせを本居宣長に対してやったとしかいいようのないことをした、そんなこともあって、あまり行こうとは思わなかった。

      が、白河において、ここは明治になってから巨大な公園となり、市民に愛されているという。

      惜しいのは、松尾芭蕉が亡くなった100年以上後に作られたということだ。

      芭蕉がもし、訪れていたら、どんな句をよんだことやら。

       

      不可解なことに、この池を写真に納めなかった。

      何故?

      それなりに見ごたえのある場所であったが、ただ惚けていただけなのかもしれない。

      あるいは、

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      名物の南湖団子で血糖値が上がった所為なのか。

      いや、それにしても美味かった。

      駐車場から池に向かう際、最初、目に入った茶店で食したのだが、素朴ながらも雑味のない、正直な味わいを楽しむことができた。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      小峰シロなるご当地キャラが2011年より続けられており、その後、多くのキャラが登場した。

      足利ひめたまと同じ、地元の有志らを中心に運営されている。秋葉原へ行くと、一連のキャラグッズが駅前で売られているから、知ってる人もいるかもしれない。

       

      ここ南湖では、「鏡花」というキャラが登場する。

      そしてこの茶店でしか売られていない限定グッズもある。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      おや?

      表の手書き看板と同じ画風だ。

      さて、今しがた、団子を運んできた、メガネをかけた妙齢の女性が、このデフォルメキャラの作家か。

      となりの高齢者グループとの会話で、かつて東京、千葉に住んでたが、帰ってきた云々…思い違いかは別として、イラストレーターを目指して上京したが、帰ったということか。

      少し、お話をしたかったが、だいぶ暗くなった。

      ご馳走様。

       

       

       

      見事な満月が、湖面を照らす。

      ここで一句を。

       

       

      惜しいかな 芭蕉に見せたや 南湖月

      - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      白河のラーメン

      2018.12.02 Sunday 21:27
      0

        JUGEMテーマ:旅行

        JUGEMテーマ:グルメ

         

         

        旅行は食に始まり、食に終わる。

        海外プチ貧乏旅行に際しては、その国を象徴(?)するものを入国直後に食べなければ落ち着かない。

        マレーシアだとナシレマとかがそうだ。

         

        しかし困ったことに、白河については、何も思い当たるものがない。

        せいぜいラーメンか。

        ちょっと調べると、「とら食堂」なる店が発祥とのこと。

        とはいえ、いつからか…についての情報はない。

        ご当地ラーメンというのは、どうにも個人的には苦手だ。

        昔、取材で佐野へ行き、昼と夜に佐野ラーメンを食べたせいで胆石が動き、ホテルで七転八倒した。

        それ以前に、麺が伸び加減でコシがなかったのが、残念だった。

        それと同じではないことを祈りたい。

         

        早めにチェックインして、少し休んでから夕方18時前に夕食をとりに出る。

        新白河駅前には何もない。観光案内所があるが、パンフレットがずらっと並べられているだけで、特に何かお土産になるようなものはない。

        駅の中に入ると、人はそれほどいない。

        小規模な土産販売店と立食の蕎麦屋がある。メニューを見ると、なかなかうまそうなものが並べられているが、実は昼間に別の食堂で白河の名物とされる割子と蕎麦刺身を食した。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        なかなか変わった食感の蕎麦刺身であった。

        が、二度続けて蕎麦を食するほど、蕎麦偏愛の我輩ではない。

        前述の通り、駅から離れ、ホテル近くの食堂へ向かった。

        グーグルマップを見ると、3〜4軒固まってる。

        駅前のロータリから目先にある店で良いと考えた。

        ただ、営業しているのか、外からの様子ではわからなかった。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        遠慮なく扉を開けるが、反応がない。

        すみませーんと呼ぶと、厨房の奥から頑固そうな主人と、優しそうな雰囲気の女将さんが深々とお辞儀してきた。

         

        やってますか?

         

        「どうぞどうぞ、お好きなお席に」

         

        女将さんに促されて、テレビがよく観えるテーブルにつく。

        面白いことに、流れているのは「時代劇チャンネル」だ。

        我輩も少しばかり時代劇ファンではあるが、これはまた古い映画が流れてる。片岡千恵蔵主演のモノだ。

        なるほど、ある落語家が揶揄してるように、見事なまでの三頭身(ぉぃ w

         

        それにしても、この食堂の雰囲気は頗る良い、というか懐かしい。が、おかしなことに、こういう食堂に入ったことはなかった。

        大学時代にも武蔵境にキッチン富士という定食屋があったが、広さはここの1割ほどで、落ち着きのない所だった。

        だが、この食堂は違う。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        鷹揚に壁のメニューを見る。

        油の煙とかで干からびたものではなく、綺麗に整った手書きと写真見本が良い。

        お勧めは手打ちチャーシューワンタンメン。いいね、それを大盛りでお願いします。

         

        あ、それと、やはりここは米どころ。

        一人旅の場合は、酒を飲まないという自分なりの決まりがある。

        これには理由があるが、それを今回の日記にてわざわざ書くものではない。

        ただやはり、ここからは一杯お願いしたい。

         

        「ごめんなさい、普通の花泉、冷やしていなくて...純米とかのであれば、お高いですが」

         

        おお、我輩としたことが。

        その場所で、できるだけ良いものを味わうという点については、お酒も同じではないか。

        では、純米酒を。900円?安い安い。

        ふむ、これは優しい味わいだ。

        吟醸ではないが、吟醸に勝るとも劣らないふくよかな香りがなんとも良い。

        食前酒にぴったりかもしれない。

         

        「はい、こちらはサービスです」

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        なんと、日本酒を頼むと、タダでこれらが出てくるのか。

        900円で良いのか?

        左はチャーシュー、右はおそらく豚肉を煮た際に出てくるものを集めたのか。

         

        うまい.......

        ネギとごま油を垂らしたチャーシューの肉が甘く、噛めばジワっと出汁の味わいが染み出てくる。

        くず肉の皿は、小骨が多く食べづらいものがあるが、なんのなんの、これを少しずつ剥きながら口に放り込むと、酒が進むこと。

        酒をもう一本、欲しくなる。

        どうしようか、明日は早くに会津へ向かわなければならない。ここで酒をおかわりしたら、どうなるか。

        年齢から、酒が残りやすくなってる。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        悩むこともなく、ラーメンが登場。

        これもうまい!

        麺はしっかり手打ちで、佐野ラーメンとは比較にならないくらいにしっかりとした噛み応え。

        スープは一見薄いように見えるが、ダシが深く、全部飲み干してしまっても物足りないくらい。

        チャーシューは甘く、ワンタンも味わい深い。

         

        白河は、旅人にお金以上のご馳走をするという文化があるのだろうか。

        駅前は閑散としており、徒歩数分先の国道まで行かなければ、コンビニはない。

        ひどく寂しいところで、我輩以外にその日の時間帯に客は来なかった。

        一帯には、新幹線開通に伴い、多くの工場団地が存在している。

        そこで働く人たちが、平日の昼と夜に、ここまで足を延ばして、酒を楽しむのだろうか。

        ラーメン食堂というこの昭和の文化が、白河一帯でしっかりと残っていて、不思議な郷愁と共に、旅人の胃を満たすことに、ある種の誇りを有しているのかと、ふと思った。

        大袈裟かもしれない。

        が、この場所であれば、あながちそうではないとも言えまい。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        ご馳走様。またいつか。

        - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

        誰もが俳人となる所

        2018.12.01 Saturday 21:38
        0

          JUGEMテーマ:旅行

           

          愛車の「雪風(ホンダ・フィットでマニュアル車)」で行くことにしていたが、いきなり会津まで行く自信がなかった。

          連休で途中の外環自動車道が混雑する恐れがある。

          早起きは小さい頃から平気であるが、年相応の体力不足は自覚している。

          どうしても途中で、一度は旅装を解く必要が出てくる。

          自動車での旅行は、あらゆる面で万全万能である。

          時刻表に振り回されることはない。寒い中、駅舎やバス停で凍えることはない。

          風邪やインフルエンザ禍に怯える必要はない。

          休みたいと思ったら、どこででも自分のペースで一息つけることができる。

          だが、やはりどこかで泊まったほうが、会津をゆっくり見て回ることができる。

           

          グーグルマップを開き、東北自動車道を眺めると、白河の地名が目に入った。

          一番大きな魅力は、新幹線側の駅前にある馴染みのチェーンホテルが、他と比べ格安だったという点だ。

          何せ、この時期に4,000円もしない。

          距離的にもちょうど中ほどにある。

          食べることについてはあまり期待しないが(だがそれは、後ほど大きなうれしい誤解だったと気づく)、そういえばここは、芭蕉が「奥の細道」で、

           

          心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定りぬ

           

          と書き記した、白河の関がある所ではなかったか。

          心の迷いのある中で、ここ白河に到達して、ようやく「旅」をするという気持ちになったという場所だ。

          いや、それと同時に、会津戦争の火ぶたが切り落された白河口の戦いの場所でもある。

           

          なるほど、ここはやはり訪れるべきであろう。

          駐車場の位置を一つ一つ「お気に入り」に入れ、まだ暗い朝の4時に出発したら、幸いなことに外環は空いており、途中の羽生PAで朝食を摂ったあと、朝の9時前には白河城の紅葉を仰ぎ見ることができた。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          薩長軍からの攻撃で廃墟と化してた白河小峰譲は、平成の世に入ってから当時の資料に基づいて再建された。

          城そのものの起源は、南北朝時代まで遡るが、江戸幕府となってから西軍に与したが、何故か徳川家康に気に入れられた丹羽長重によって今の原型ができあがったとされる。その後、紆余曲折を経て、二本松藩が管理する城となった。

           

          中に入る。季節として観光のそれではないからか、人は誰もいない。

          地元の人が犬を連れて散歩に来てるだけで、賑やかさというものは一切なく、風音だけが耳に入ってくる。

          お土産や、この城を建設するのに人柱となった娘を萌えキャラとした物品を扱う茶店も閉まっている。

          ここで一杯、何か暖かいものをいただこうと考えていたが、仕方がない。門は幸い。開いている。

          あちらこちらの城壁が崩れているのも、寂びを一層深くしてくれている。

           

          広い中庭の所、本丸まで行くと、巨大な慰霊碑が建っている。

          他にもいくつかの石碑が建てられているが、大切にされている様子はない。

          会津連合、薩長連合、それぞれ別々の立場からの鎮魂のものか、どうにも読みにくい内容で判然としない。

          ただ、ここは戦場だったのだということを、思い起こさせてくれるのに十分なものだった。

          深く一礼をし、再建された城まで行くが、案の定閉まっている。

          一時間早くに来たから仕方がない。ここで待つのもあまり意味がないものだ。

          早々に城から降り、次の目的地へ向かう。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          しまった。

          ここは聖地だ。

           

          芭蕉が白河の関をあえてとりあげ、旅の決心云々を文にしたためたのは、後戻りできないことへの悲痛な覚悟からではない。

          この関、そしてここから以北へと感じられる、歌を詠みたい、俳句を作りたいという気持ちにさせてくれる、日本人のDNAに響く、ナニカを見つけたことへの喜びに違いない。

           

           

          木枯らしが

           関の絵馬を

            揺らす秋(とき)

           

          祖(おや)もまた

           いにしへかわらぬ

            目に紅葉
           

           

          神社を参拝し、裏道の落ち葉を踏み歩くたびに、自然と俳句が口をつく。

          中学校時代から、多くの俳句や和歌を暗誦してきたが、こういう時に自分なりのものができるのが、何とも面白い。

          芭蕉に限らず、多くの和歌や俳句が詠まれてきた。

           

           

          この本の中では、平兼盛の和歌

           

          便りあらば いかで都へ つげやらむ

           今日白河の 関は超えぬと

           

          が紹介されている。

          平安時代では、ここより以北はもはや「化外の地」であったから、芭蕉と、そして不肖この我輩とは違う意味での、悲哀溢れる感情を抑えることができなかったのであろう。

           

          ん?

          この本を読むと、芭蕉の頃には、白河の関は草木生い茂る場所でしかなく、「関」としての機能はなかったとある。

          はて?となると芭蕉は、「ここらへんが白河の関」だったと想像してたのにすぎないのか。

          事実、我輩が今、感慨にふけっているこの「白河の関」は19世紀に当時の藩主が、「ここらへんだろう」と思い込んで再建されたもので、昭和に入ってから、それらしい遺跡が発掘され、あくまでも”おそらく”という程度である。

           

          それでもこの雰囲気の、なんと心地よいことか。

          安っぽいスピリチュアルファンは、立ち去れと言いたい。

          ここは確かに、歌聖舞い踊る場所である。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          今回の旅の目的は、負けた側からの明治維新を考えるというものだ。

          会津連合、薩長連合が向い合せとなって慰霊碑が建つ旧陸羽街道まで。

          一通り線香をあげた後、会津藩家老・西郷頼母が指揮を執ったという稲荷山まで散策することにした。

          少しだけ迷ったが、稲荷山公園を目指して少し登ると、白河口戊辰之碑が見つかった。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          今は何ともない、退屈な公園となっている。

          裏へ行くと、名の由来となっているであろう稲荷神社がひっそりと建っている。

          だが、150年前、確かにここは戦場だった。

          そして会津と共に戦った人たちの名前が、一人一人、ここに記されている。

          ここから先へと向かうと、名前はもっと、増えていくということなのか。

           

           

          名を遺し

           紅はぜ散る

            稲荷山

           

           

          その場所に、今、立っている。

          - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

          街道を行っちゃったりする

          2018.11.26 Monday 13:47
          0

            JUGEMテーマ:旅行

             

            今年は明治維新150周年。

            否定する向きもあり、一種のテロリストだとする考えも少しは頷くことができる。

            他に日本の侵略主義ガーと喚く馬鹿については、軽蔑して無視するのが良い。

            ただ、勝者側からの明治維新だけを知るというのは、道理がいかない。

            我輩は物心つく頃から悪い癖があって、何事に対しても裏側を覗かないと気が済まない性分だ。

            勝利した側よりも、敗北し、勝者によって歴史から消された存在に対する、不思議な共感とカタルシスが、我輩の心情の奥底において強く存在する。

             

            そうだ、会津へ行こう。

            数カ月前に、思いついた。

             

            日本全国の酒を嗜んだが、どのような酒造会社であっても、間違いのない酒を造るのが会津。

            司馬遼太郎の会津への深い同情については、書籍などを通して知っている。

            侍を中流家庭のサラリーマンに模した、その原点は会津藩ではないかと個人的には思っている。

            創業し、その後、社長より追い出された吉祥寺のゲーム会社で、大変優秀な宣伝マンのS君は会津出身で、それを誇りにしている。

            幕末、鳥羽伏見の戦いで戦死した、日本において最も日本人にふさわしい和歌を辞世として遺した幕臣佐々木只三郎は会津藩藩士。

             

            ただその前に、今までの自分の旅行方法について、少し見直しの時期に来てるというのもある。

             

            我輩が提唱している「プチ貧乏旅行」というものだ。

            ある程度の収入とかあるが、一流ホテルに泊まって、日々から離れた贅沢を一切拒否し、ギリギリの予算をあえて自分で設けて、体力消耗が酷くない程度の貧乏旅行を楽しむというものだ。

            旅行ライターの下川裕治翁が、この種の旅行を得意としているが、翁の場合、「安ければうれしい」というスタンスであり、なおかつ翁の書籍を読むと、疲労を積み重ねる旅行しか目に入らない。

            これは旅行記の締め切りがあるため、どうしても無茶な予定を組んでしまうと説明している。が、我輩自身、少し不思議に思う点がある。締め切りとあるが、ノートPCとテザリング用のSIMフリー・スマホがあれば、どこでも仕事ができるのでは…と。

            あるいは意地悪く考えれば、体力が持たないから早めに帰るという言い訳かもしれない。

            とまれ、こういう点については、翁とは違う。

            連休という限られた日数こそあるが、仕事を一切考えない。

            もし臨時の仕事が入った場合、対応できるように準備し、なおかつその準備したモノが旅行をサポートするようにする。

            宿はできるだけ、事前に予約する。到着して探すのは、体力を失う。

            宿探しの基準について、これだけは譲れないものを決めておく(ちなみに我輩は、空冷があることと、駅から近いことであれば、シャワートイレが共同であっても、多少治安が怪しげでも問題ない)。

            時間と金を比較する場合、時間節約を優先するが、その手段について安い方を選ぶし、選択肢が多い国を優先的に選ぶ。

             

            色々ありすぎて、書ききれないし、今回の日記のテーマではない。

            ただ、こういう旅行方法は、海外では時として命に係わる場合がある(実際、タイでそういう目に遭いすぎた)。

            であれば、どこが問題であったのか、どういう風に改善したら良いのか、それをも見直す旅行がしたい。

             

            会津への道のりは、自家用車(「雪風」 ホンダ・フィット。我が愛車)で行くことにする。

            地図を見ると、いきなり行くよりは、途中で白河、そして帰りに大洗へと回り込むコースが体力温存によさそうだ。

            そして、途中には多くのショッピングモールがある。

            別にアウトレットのブランド品を買うのではない。

            宿泊するホテルなどで、いつも通りの宿泊方法を見直し、不足のものをそこらで買って整える。

            逆に使えないものは、ホテル側に迷惑だが、捨てていくことにする。

            旅行道具の棚卸みたいなものだな。

             

             

             

            この3泊4日の旅行について、ポツポツと書いていきたい。

            実は会津への関心、旅行方法の見直し以上に、充実した内容だった。

            「街道を行く」のようなものとはいかないが、発見の多い旅行であった。

             

             

             

            そして何よりも、福島県が良い所に思えてきたのだ。

            - | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

            師を観る

            2018.10.21 Sunday 20:20
            0

              JUGEMテーマ:日記・一般

               

              毎日ではないのだが、時折、ルートを少しばかり変えて通勤する日がある。

              渋谷駅の京王井の頭線の改札口を降り、集団と共に銀座線乗り場へ向こう。

              右に巨大な岡本太郎翁の遺作を見上げ、小さいエスカレータに乗ると正面に1時間ごとに、やや大げさとも感じられなくもないチャイムが鳴る壁画がある。

              そこを左に曲がると、いつもの窓枠の所に、その男はいる。

               

               

               

               

               

               

               

              年齢はわからない。

              ホームレスはその置かれている環境から、老け方が激しくなるもので、チラっと見れば還暦近いのかもしれないが、そのような条件があるとしたら、意外と我輩よりも一回り、若いのかもしれない。

               

              いつ頃からなのか、覚えている範囲では今年の春ごろから、その男は毎朝、同じ所に座っていた。

              他のホームレスと違い、朝からアルコールを痛飲しているわけではない。

              会社まで歩みを進める通勤客をじろじろ見たり、ちょっかいをかけるわけではない。いや、逆に通行の邪魔にならないように、へこんだセメント製の窓格子に、器用に座りこんで外をぼうっと観ている。

               

              一度、警察官が職務質問をしている光景を見かけたが、反抗的な対応はせず、むしろ警察官のほうが色々と気にかけて、いたわるように話しかけていたのが印象にある。自分に何かの非があるのかを十分に知った上での、ややフワフワとした世間離れしたやり取りが、なんとはなしに耳に入った。

               

              猛暑の折、特有の臭いを前を通る際に感じ取ることはなかった。

              おそらくどこかの施設に入って、最低限の着替えと入浴サービスを受けているような感じであった。

              少し肌寒くなってきた昨今、我輩の知る、あの独特の「枯れ葉」に似た埃っぽい空気を少し、鼻腔で感じることができたが、若い頃に面白半分で入った大阪のドヤ街や、バスを乗り間違えてソウルの貧民窟「タルトンネ」等で充満してた排泄物の爆弾ような不快さは、その男からは発してはいなかった。

               

              何がその男をこういう状況にしたのか、興味は全くない。

              ただ、この激しく動く「社会」に、機会があれば「戻りたい」とする最低限の「気遣い」をにじみ出してることに、少し面白いと感じている。

               

               

               

              数週間前のある朝、いつものように通勤ルートを変え、渋谷駅までやってきた。

              そして同じように、銀座線の改札口を目指していると、いつものようにその男は、窓枠の指定席に座っていた。

               

              しかし、不思議なことをしていた。

               

               

               

              何か「漫画」を描いているのだ。

               

               

               

              正確に言えば、「漫画」ではない。

              B4サイズのプリントに8個のコマ枠があり、その男は、お世辞にも巧いとは決して言えない女の子のキャラを懸命に描いていた。

              想像するに漫画の通信教育のようなものか、そのフォームの中を、その男は懸命に「課題」ともいえるかもしれない練習をしていた。

               

              物好きな我輩は、次の朝も同じルートで出勤すると、その男は今度は、似たようなフォームの中に、のっぺりとした女の子のキャラを何体も描いてる最中だった。

               

              別の日には、鉛筆でネームっぽいものを、通信教育らしいフォームの中で、書きなぐっていた。

               

              ある日には、B4の紙いっぱいに、いろんなキャラクターの下絵を描いていた。チラっと見ただけなので、何なのかはわからないが、学園モノっぽい、そんな感じのものだった。

               

              そして先週金曜日、初めて観た時と同じ8コマのフォームの中に、女の子キャラの同じ横顔を、漢字ドリルのように描いてた。

               

               

               

              長く無為に時間を過ごすうちに、漫画を描きたいと思ったのだろうか。

               

              あるいは俗っぽいが、一発逆転をはかろうとプロの漫画家を目指そうと考えているのだろうか。

               

              警察官が来ても、ここで人物観察をして漫画の練習をしている、という言い訳をでっちあげようとしているのか。

               

              そんなことはどうでもよい。

              理由はなんでもよい。

              我輩は毎朝、懸命に「ナニカ」を描こうとするその男の前を通るたびに、不思議な気持ちにとらわれた。

              「始める」のに「遅い」ということはない。

              通信教育をやっても、巧くなるということは決していない。こればかりは才能がモノを言うのを、我輩はよく知っている。

              それでもなお、その男は、毎朝そこで、「違う自分」を求めて、漫画を描こうとしている。

               

              単調な毎日に拘泥している我輩にとって、足下に及ばないことだ。

              仕事ではなくルーチンとしての出勤の惰性の中に流されている我が身を恥じ入る。

              我輩はその男には、声をかけるつもりはない。

              ただ、その男が示すあの無心さに、師を観てとりたい。

               

               

               

              明日も、いることを祈ろう。

              - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

              「老害」とは

              2018.10.08 Monday 11:30
              0

                JUGEMテーマ:日記・一般

                 

                良き老人になろうと、いろいろと観察したりしている。

                ある日、ある交差点での出来事。

                明らかに赤信号なのに、80過ぎた(それともそういう顔なのか)がじj...老人が自転車で渡ろうとしてた。

                そこにトラックが入ってきたが、急停止。事なきを得た。

                当然、怒鳴りあいが始まったわけだが、その老人の言語が全く不明(逆ギレなのか、それとも何かの病気なのか)。

                とうとう後輪を蹴り始めたので、運転手がキレて、その老人の首根っこを捕まえ、自転車ごと歩道に投げ入れる(柔道の心得があるような感じだった)。

                せいせいしたか、そのままトラックに乗り込み、走り去る。

                 

                歩道で人語を超えた何かを叫びながら、その老人、自転車に乗り、トラックを追いかけ始めたが、前方で別の車に接触しそこで同じことが...

                 

                 

                 

                信号が赤かそれに転じようとする時、普通の人は、「渡れるか渡れないか」と判断する。

                 

                全員ではないが、高齢者はもしかして、「渡りたい」の一択しかないのだろうか?

                 

                あのコントのような出来事は極端かもしれないが、日常においても良く見かけてしまう。

                 

                 

                コンビニで欲しいタバコの銘柄を言わず、店員が質問すると、「俺の欲しいタバコだ!」と喚き、何も買わずに出ていく光景は、週に数回、会社近くのコンビニで見かける(今いる会社の周囲、都内なのに「限界集落」なんよw)。

                浅草寺のある光景を撮ろうとしゃがんだら、後ろから老人が「俺の前で停まるな!」と喚いて蹴ってきた(振り向き立ち上がったら、身長140cmもない感じのジジイだったが、なんかそのまま猛スピードで逃げてった)ことがあった。

                近所の安売りスーパーで、某大手総合商社の管理職を定年退職した高齢者が、毎回レジ係に怒鳴り散らしているが、その理由にはパターンがあるそうで、【俺様の買い物にはレジ袋3枚必ず出せ、覚えろ】【お辞儀は俺様に向かって90度最敬礼しろ】【釣銭はトレーにきちんと並べて説明しろ】...ヤバイ、目の前にいたら、今度こそ殴りそうだ。

                 

                 

                要するに、「自分が求めていることを世の中が従わなければならない」という思考になっているが、その理由が何であるのか。

                現役だった頃、大手企業の幹部だったり、社会的地位が高い人にこの傾向が多いと言う理由はわからなくもないが、小金井市で資源泥棒としている軽トラ乞食の様子を見ると、一概にそうだと肯定することはできない。

                『老い先短いからあわてている』という意見もある。うん、前述のコンビニの件はそれに当てはまるかもしれないが、これも完璧な答えだとも言い難い。

                もうとっくに引退している人間があがりこんで何かを喚き散らかすというのは良く聞かれる。

                会社組織などで、「代表取締役会長最高顧問」というワケのわからない肩書の腰が90度にひん曲がったが絶対権力者として現場を無視することをドカドカとやりまくる。

                 

                 

                理由や原因はどうであれば、赤信号なのに「渡れるか渡れないか」を否定し、「俺様は渡りたい」「渡らせないほうが間違っている」という思考が、老害なのだな。

                巷で問題となっている「暴力老人」は、自分の立場を客観視できない、『こうしたらこうなる』という判断ができない、つまり人生において必要な「想像力」が欠落しているということになる。

                社会的地位をある程度築き上げた人は、この「想像力」に優れた面があり、老いてもそれと維持できるかが重要となるが、かなりの人が引退すると、この能力を一気に失うように感じられる。

                大企業の幹部になった人は、強い緊張感をもって「想像力」を駆使したであろうが、バッジも名刺も失うと同時に緊張感で支えてたこの能力を失うように見られる。

                 

                逆に、環境や自分をより高みに上げようとせず、自分の人生そのものを楽しもうというとするならば、「想像力」は無理やり発現させるものではなく、自然体で動くものであり、どのような環境でもどのような年齢になっても、我輩が知る限りでは穏やかで愛される高齢者になっている。

                呼吸するかのように、「想像力」を自分のものにしているから、「渡れるか渡れないか」どころか、「子供がいる、赤信号は渡らないことを手本で見せなければ」と考えるほどまでに、その能力は高みに達している。

                 

                 

                 

                喜劇王チャップリンは多くの名言を残したが、

                 

                All it takes is courage, imagination… and a little dough.

                 

                人生において必要なのは、勇気と想像力、そして少しばかりのお金です。

                 

                ほど、広く知られた名言はなかろう。

                この「想像力」とは、何かを創ろうとする力ではなく、「こうしたらダメだよ」という発展的な「良心」とも同義だといえる。

                老害だけではない。

                「こういうことをしたら、自分にもブーメランが返ってくる」というダブスタなどについても、「想像力」がものを言う。

                よく勘違いされるが、「想像力」に最も必要なことは「記憶力」だ。

                低学年で中途半端な外国語教育をやるよりも、正しい日本語教育を徹底すべきだと書いたことがあったが、その中で和歌、詩、俳句、日本文学一節の暗誦が必須だ。これらの蓄積によって、正しい日本語が使えるようになり、その自信からコミュニケーション能力が高まるのだ。記憶した日本語の手本をもとに、今度はそこから自分なりの言語構築を自由自在に行える、つまり「想像力」が自然と培われるようになる。

                 

                 

                 

                「老害」にならない方法は、「想像力」が自然と備わっているように常日頃生きることだ。

                - | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

                なんか全部Twitterにブツブツ喚いてるせいか

                2018.09.30 Sunday 17:52
                0

                  このブログ、更新しづらくね?

                   

                  それを言っちゃ、身も蓋もないかw

                  でも考えてみたら、出すゲームに関して「宣伝」になるのかもしれないということで始めたブログであったりするが、こうも毎日が同じことの繰り返しだと、存在意義が...。

                  とはいえ、もう20年以上も続けていることでもあるし、毎年ドメイン登録とかこのブログサービスへの利用費とか、たいした金額ではないが払い続けてきている「もったいなさ(?)」というのがある。

                  あれと同じ…携帯電話キャリア。

                  MNBが一時期取りざたされてたけど、ドコモをこれまた20年以上使い続けてきたこともあって、ポイントとかステージとか(かなり劣悪な条件になったりはしたけど)あって、そこから移し替えるのがどうにも…という、まあ要するに貧乏性のようなものか。

                   

                  更新されていないけど、Twitterのほうでいろいろと馬鹿を喚いてるので、そちらで生存確認しておくれ。

                   

                   

                   

                  てか、何か前向きに動きがあれば、またこのブログ、本格再開する。

                  - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                  911

                  2018.09.11 Tuesday 10:25
                  0

                    - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                    障碍者雇用について一言

                    2018.09.03 Monday 15:25
                    0

                      JUGEMテーマ:ニュース

                       

                       

                      テレビ朝日、障害者募集ページの『検索回避のタグ』の件でとんでもない言い訳

                      「障害者雇用水増しは安倍の隠蔽体質」と批判した玉木雄一郎、国民民主党は雇用0人(行政指導)で謝罪

                       

                       

                      省庁や裁判所だけでなく、それを政権批判につなげようとしてた連中も、こんなんだから嘲笑しか出てこない。

                      ただ障害者である我輩だから言えるのだが、企業が障害者を雇用したくないのははっきりしているし、ましてや公的機関や政党がまともに雇用したいと思うことは、一片たりともない。

                       

                      理由?

                      簡単。

                      面倒だから。

                      10円5円さえ、喉から手が出るくらいに欲しがってる企業、おかしなエリート意識があって健常者ではない者に対する軽蔑の念、それがひしひしとあるわけだし、障害者とは接したくないという本音が、ヒシヒシと感じられる。

                      綺麗ごとは一切存在しない。

                      表面だけいい子ちゃんぶって、公器性をアピールするが、断言しても良い、どこの企業、団体、省庁、政党、一切合切が普通に雇用したいという気持ちは存在しない。

                      必要数雇用し、たとえば簡単なスロープを取り付けたり、車いす用のトイレを設置するより、納付金を支払ったほうが損益分岐点の面から「お得」というのであれば、そうしたほうが良いという会社なら、いくつか知ってるし、うまい逃げ道だなとは思う。

                      健常者が堂々とシルバーシートに座ってる癖に、その席に障害者が座っているだけで隣に座ろうとしない場面を、我輩は毎回観てきた。

                      綺麗ごとを並べるのはやめておけ。

                      日本において、障害者を同列に扱う光景は見当たらない。

                       

                      だから逆に言えば、障害者側も堂々としたほうが良い。

                      相手がこちらを同列に見ないのであれば、こちらも相手を同列に見る必要はないし、同じように見下して良い。

                       

                      障碍者雇用が厳しいと昨今叫ばれているが、募集要項を見たら、「おまえら、こちらを完全に舐めてるだろ?」と思ってしまう。

                      なぜ正社員雇用にしない。

                      なぜ昇格に関して条件を設ける。

                      なぜ給与が平均の半分しかない。

                      さっき書いたように、改装費に回すため、給与を減らしているのかと勘繰りたくなる。

                      それぞれの障害に対応したサポートは、難しいことではない。費用に問題があるとすれば、国や自治体からの補助金がある。指導や仕事の仕方に不安があれば、ハローワーク等がそのサポートをしてくれる。出勤だけではなく、自宅勤務できる体制は、会社全体の将来にも役立つものだ。

                       

                      働きたいという気持ちを最初から制限させる条件の会社に応募する必要はない。

                      逆に「なんでこんな募集要項なのだ、少しのサポートで、私は健常者よりも良い仕事ができます」と主張すべきだ。そしてその言葉に偽りがないように働くことだ。

                       

                       

                       

                      逆にいっそ、「障碍者不要」と宣言する企業団体のほうが、信用できる。逆説であるが、嘘がないからだ。

                      - | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |